「カイリから借りたんだ。これを覚えているか?」
「カイリから?」
リクが見せてきたのは、カイリが作っていたサラサ貝のお守りだった。あれからそれほど月日が経っていないはずなのに、昔のことのように懐かしい。
「もちろん。約束のお守り。私たちも貝殻を探すのを手伝ったよね」
真ん中に王冠のチャームがつけられ、ソラによく似た顔が描かれている。カイリは「ソラがモデルだってこと、ソラにはまだ内緒だよ」って言っていたっけ。
ふと、疑問がわく。
カイリはどうしてソラに似せたのだろう。なぜソラには内緒だと言ったのだろう。
カイリのはにかんだ笑顔を思い出したのをきっかけに、深淵を覗き込むような怖さを覚えながらも、思考が回りだすのを止められない。
今の自分だから気づけること。秘めた想い。あの熱の籠められた眼差し。
カイリはソラのことが好きなんだ。
それなら、ソラは誰のことが好きなのだろう?
思わずリクを見る。彼はこちらを見ていたが、静かにお守りへ視線を落とした。
「これはもともと、パオプの実を模したお守りなんだ」
パオプの実の伝説。
あの日、リクを探して入った秘密の場所。ソラに似た男の子が、カイリに似た女の子に星を手渡すラクガキを見た。
ソラがカイリにパオプの実を差し出している絵。
セルフィはなんて教えてくれた?
「あんな、たいせつな人とパオプの実を食べさせあうと──ふたりがどんなに離れてても必ず結ばれるんやて。はぁ……ロマンチックやね。いつかためしてみたいわ」
「とっても素敵なお話だね」
「せやろ〜! この島で『パオプの実食べさせあおう』言われるんは『愛してる。傍にいてほしい』って言うんと同じ意味なんやで!」
「わあ……まるでプロポーズみたい」
「みたい、じゃなくて、もうプロポーズや!」
あの絵を描いたのはだれ?
ソラがきのこを探しにひとり行った先は秘密の場所の方だったことを思い出す。きのこは暗い場所に生えるもの。あの日、彼があの場所へ入った可能性はとても高い。いつ描かれたものかは分からないけれど、あの絵が彼の気持ちと違うなら、そのままにしておく性格だろうか?
底無しの闇に堕ちる感覚。導き出された答えに目の前が真っ暗になった。
────きっと、ソラもカイリのことが好きなのだ。
その時、船長室の扉が開く。お行儀よくハートレスたちが入室してきてギョッとしたが、彼らが眠るカイリを運んできたことにはもっと驚いた。
「カイリを離して!」
「フィリア。大丈夫だ。問題ない」
とっさに魔法を放とうとしたところをリクが止めてきたので、信じられない気持ちで彼を見る。こちらのやりとりには関せず、ハートレスらはリクの言う通りおとなしく、そのままカイリを彼へ差し出した。
まさか、そんな──。愕然とした気持ちでリクを見つめた。
「リク。ハートレスを操っているの?」
「ああ──心配するなよ。俺は他の奴らとは違う。それより、カイリに会うのは久しぶりだろ」
リクのことにショックを受ける暇もなく、人形のように虚ろなカイリと対面させられる。彼女をひと目見て直感した。彼女の心はここにはない。
カイリはどうしてこんな状態に?
とっくに予想できていたはずだ。ずっとその可能性から目を逸らしていた。直接見ていないから、そうじゃありませんようにと祈ってきただけ。
故郷が闇に沈んだとき、彼女と共にハートレスたちに囲まれた。自分はただ怯えていただけだった。あの時に魔法を使えていれば彼女を守れたかもしれなかったのに。
──────前の世界で何を考えた?
ハートレスの現れない世界などひとつもなかった。カイリを見つけてあげられぬまま仲間たちとの冒険を楽しんで、あまつさえこの旅が少しでも長く続けばいいとまで願ってしまった。
足が立てなくなるほどに震えだす。
自分のことがゆるせない。
大切な友だちがひとりぼっちでこんな状態に陥っていたのに、ソラに守ってもらえて喜んでいた。
「フィリア」
改まった様子で、リクが名前を呼んでくる。
「俺と一緒に来てくれ。カイリを救うには、おまえの助けが必要なんだ」
「……わかった」
リクに抱えられたカイリの頬に触れる。いまの彼女が死体と違うのは体温だけだ。
「私、リクと一緒に行く。カイリを助けるためならなんでもする」
リクは本当に嬉しそうに微笑んでくれた。
「ああ。ふたりでカイリを助けよう」
カイリのために自分が何をしてあげられるのかは分からない。けれど、もうあの優しい仲間たちと一緒にはいられない。
もう彼の横で幸せを感じる資格などないのだ。
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