「すると、何か。ウェンディはプリンセスじゃないってのか」
興奮したフックが大声をだす。この男、カイリと共に船長室の下の部屋にいる青服の少女について問うと、根拠もなしにプリンセスだから捕らえたのだと鼻高々に答えた。確かに現在捕まえているプリンセスたちは美女ばかりだが、美しい女なら誰でもよいというものではない。
「マレフィセントから聞いただろう。選ばれた7人だけがプリンセスなんだ。船の整備が終わり次第出発する。関係のないものは置いていく」
乱暴にグミシップへぶつけたせいだろう。整備に長い時間を要していた。フックは不満そうに赤ワインをあおる。
「せっかく、つかまえたってのに! なんでその7人なんだ? マレフィセントは何をしようってんだ?」
「さあな。俺はカイリの心を取り戻す方法さえ見つかればそれでいい」
フックに背を向けて、こんこんと眠るフィリアを眺める。フックの騒ぎ声で起きてしまうかもしれない。
「フン! ごくろうなこった! あの娘の心はハートレスに喰われちまったんだ。心を取り戻すなんて、無理だろうな」
「カイリの心は喰われたりなんかしていない!」
「フック船長」
緊張が高まる中、スミーの小声が場に響いた。フックが連絡用のパイプへ近づく。
「やつら、やっぱり逃げ出しました。ピーターパンのやつも一緒です」
「ピーターパンめ! いいかスミー。人質を船長室に連れてこい。今すぐにだ!」
「いや、連れてくるのはカイリだけでいい」
「なぜだ? プリンセスじゃなくてもピーターパンには有効な──」
「言っただろう。関係のないものは置いてゆく」
二度も言わせるな。煩わしい気持ちでフックを見やると、フックは顔を真っ赤にしてワイングラスを壁に叩きつけ「スミー。聞こえていたな!」とパイプに怒鳴り、荒い靴音を鳴らしながら甲板へ出ていった。
やかましいフックがいなくなって、やっと落ち着いてフィリアの側に立つ。すると、フィリアの頬が濡れていることに気がついた──眠りながら泣いている。
「フィリア?」
悪い夢でも見ているのか。指で涙を拭ってやると、まつ毛が震えてフィリアが目を覚ました。きれいな瞳が瞬きするごとに、涙がぽろぽろ零れてゆく。
「リク……」
弱々しく呼んでくる姿に不意打ちを食らった気分だった。フィリアが目を覚ましたらどんな手を使っても自分の側へ置くつもりで、それこそ、このように彼女を泣かせてしまうかもしれないし、嫌われてしまうかもしれないと覚悟していたのに、実際は動揺している。
「どうして泣いているんだ。ケガしているのか?」
上半身だけ起き上がった彼女の髪を撫でてやりながら、なるたけ優しい声で質問するとフィリアは首をふるふる小さく横に振って、ぼんやりした表情のまま答えた。
「思い出せないけれど、夢を見たの。胸が痛くなるくらい、とても悲しかったことだけは覚えてる……」
そこで涙が収まって、やっとフィリアは気づいたようにこちらを見つめたり、周囲を見まわしたりした。あれ、あれ? と首をかしげる。
「私、どうしてリクといるの? ここはどこ?」
「どうしてだって? 約束したろ。フィリアを守るためさ。この海賊船の中にはハートレスがたくさんいるからな」
それだけを伝えると、フィリアは気絶する直前に何が起きたかを思い出したようだ。そして、無防備な顔で言う。
「ソラたちは?」
その言葉だけで、己の心が冷たくなってゆくのが分かる。
フィリアから手を離し、立ち上がって背を向けた。モンストロでフィリアを抱きしめたときの反応で、彼女の気持ちは知っている。
「────フィリア。見てほしいものがあるんだ」
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