あちこち古びているくせにギロチンの刃だけはギラギラしている広場を抜けて、ジャックの入っていった長い階段の先にあった扉を開く。まっさきに鼻をついたのはコゲと薬品とホコリのにおい。節電を徹底しているのかと思うほど薄ぼんやりとした照明の研究室で、何やら大きい装置と、みっちり詰め込まれた本棚が目に飛び込んできた。
「どうしてうまくいかないんだろ。さっきの爆発で誘導装置がこわれたんじゃないか?」
「わしの装置はつねに完ぺきじゃ!」
部屋の奥から話し声が聞こえる。みんなで目くばせしあい、鉄の網の床上を足音を忍ばせそちらへ向かうと、先ほどのジャックが車いすに乗った男と大きな本の前で頭を捻っていた。
ジャックが「アッ!」と本を指す。
「わかったぞ、フィンケルスタイン博士。心だ。本物のハートレスは心に反応するんだ。博士、あの装置に心をとりつけられるかい?」
博士は機械仕掛けの車いすを操作しながら、診察台へ向かっていった。そのうえに被検体のハートレスが寝かされている。
「心なんて、そう複雑な仕組みではないじゃろ。さっそく作ってやろう」
あっけらかんと答えているけれど、心ってそう簡単に作れるものだろうか。マッドサイエンティストたちの禁忌な実験に、体がぶるぶる震えるのを止められない。繋いでいたソラの手をぎゅっと握り、それでも彼らを見守った。
こちらに気づいていないジャックたちは、誰が書いたのかもわからない本を読み進めてゆく。
「心を作るには、鍵つきの箱に──」
博士が診察台の下から鉄の拘束具をつけた布袋を取り出す。正面に大きな錠がついていることに気づき、博士がおやと首をひねる。
「鍵はどこへやったかな。鍵が開かなくちゃ話にならん!」
出番を察しソラがキーブレードを呼ぶ。それに待ったをかけたのはドナルド。
「鍵をあけるの?」
「だって、この装置ができればハートレスと戦わなくてすむんだろ? それに、ハートレスを躍らせるなんて……ちょっと面白くない?」
「面白くない!」
「やめとこうよ、ソラ」
華やかならまだしも、不気味さに特化した踊りなんて見たくない。ドナルドに賛同したけれど、結局ソラは「俺に任せて〜」と、鍵を探していたジャックたちの方へ行ってしまった。ジャックに近づきたくなかったので、次はグーフィーの背に隠れる。
キーブレードはいつものように、たやすく布袋の鍵を開けた。
「ワオ! こりゃすごい! キミはええと──」
ソラを指して困り顔になるジャック。ガイコツなのに器用に表情が変わる。
「ソラ。あっちはフィリアとドナルドとグーフィー」
「おてがらだぞ、ソラ! 今年のハロウィンには、君も参加してくれよ」
「ね、このハートレスは──」
ソラが診察台の上を気にすると、ジャックはうんと頷いた。
「すこし前からこの街に現れたんだけど、いくら言っても僕に合わせて踊ってくれないんでね。フィンケルスタイン博士に頼んで、ハートレスの誘導装置を作ってるんだ」
いつの間にか本を読んでいた博士の横に立って、ジャックは張り切っていた。
「よーし博士、つづけるぞ」
心の材料は“鼓動”──まず腹を膨らませるカエルが布袋に入れられる。
“感情”──博士「恐怖だ」と大きな黒い蜘蛛を放り込む。
“悲鳴”──博士がガラスをひっかいて、耳障りな音を鳴らす。
“希望”と“絶望”──互いに尻尾を食らうウロボロスの金と銀の蛇をバランスを気につけながら放り込む。
博士が装置の前に移動して、ジャックは布袋を装置の側に安置した。
「全部をまとめると──心の完成だ」
いくぞ、と博士が巨大レバーを降ろすと、装置とハートレスに青い電撃が宿り、しばらく激しい音をたてる。ハートレスの上半身がむっくりと起きあがり、両腕がピンと前に伸び、最後は力尽きるようにがっくり倒れた。
「失敗だ!」
ジャックが片手で頭を押さえ首を横に振る。博士が腕組みし本を見返した。
「材料が足りなかったのかもしれん。“記憶”も入れてみよう」
そうして彼が自分の頭をパカッと開けて脳みそをこねこね揉みだしたので、グロテクスさに卒倒しそうになる。
「サリー! サリー!! どこへ行ったんだ!」
博士は車いすの腕置を乱暴に叩き、イライラした口調で「わしが作ってやった恩も忘れおって!」と怒鳴りながらやっと頭の蓋を閉めた。
「“記憶”はサリーのやつが持っとる。サリーを探してきてくれ」
「いいとも! ソラ。キミも一緒に行くかい?」
すっかり仲良し。ジャックに誘われソラも元気よく「おう!」と答えた。ドナルドがソラを睨んで足をパタパタさせていたけれど、全く気にする様子はない。
「一緒に行くのも、待つのもやだ……」
ハートレスを操ろうとしているガイコツと共に行動しなければならないことに絶望していた。せめてジャックの視界に入らないよう仲間の影にこそこそ隠れ、近寄らないよう心がける。
グーフィーとドナルドはジャックたちのことを怖がっていないようで、いつものようにのほほんとしていた。
「ねぇ、サリーって誰かな?」
「さぁ。博士の家族じゃない?」
「“記憶”ならばサリーが持っておるはずだが……まったく帰ってこんのだ。まったくどこをほっつき歩いておるのだ?」
食事の用意もまだのようだ! 憤慨する博士に、ソラが臆せず「どこらへんを探せばいいの?」と訊ねる。博士が器用に車いすを操作してソラへ向いた。
「サリーは、あやつのお気にいりの場所におるのかもしれん。すなわち、人間が永遠に眠るところじゃ。ふふふ、わかるかな?」
博士が意地悪く笑う。自分に向けられたものではないのに気味が悪くて涙目でグーフィーの服を引っ張った。
「永遠に眠るって。まさか、おばけ……?」
「ええい!サリーがおらんと研究が進まん! こまったものじゃ」
早く行ってきてくれと博士に部屋から追い出されてしまう。
ソラの隣で階段を降りるジャックをグーフィーの背ごしに警戒していると、あの町長がジャックを見つけ駆け寄ってきた。
「ジャック、ジャーック! 非常事態です! ハートレスが暴れだしました! 手がつけられない!」
ジャックは頭をかきながら「フム、さっきの実験がまずかったかな?」とのんびり呟き、まぁ倒せばいっかと笑う。
「だいじょうぶだよ、町長。心配することないさ」
「そうそう。ハートレス退治なら俺たちに任せて!」
ソラも力強く応えて、広場で暴れているハートレスたちに向かってゆく。ドナルドが「もう〜!」と怒るも、彼らに続いた。
もちろんグーフィーも行ってしまって、行きそびれた自分だけが残ってしまった。戦いの場に参加すれば、きっとハートレスは自分を狙ってくる。ずっと戦ってきて慣れているはずだったハートレスたちだが、この街の雰囲気のせいで立ち向かう勇気が出せない。
ドッカン、ガシャガシャ、戦う音が続いている。ジャックたちは祭りのためにハートレスをため込んでいたのか、どうやら相当数いるらしい。
仲間なら、どんなに怖くても加勢するべきだ。でも……と、未だに怖気づいていると、町長が期待のまなざしでこちらを見上げてきた。
「ハートレスは、好き勝手にあばれているんです。このままでは、お祭りはメチャクチャだ! どうかハートレスを退治してください! お願いします!」
いくら怖くても、いくら不気味でも、いくら気味が悪くても、ハートレスに困っているならこの世界の人たちだって助けなくっちゃ。
「はいぃ……」
半べそだが涙をぬぐい、広場に続く扉を開いた。
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