黒いもやが霧散した後、アースラが大暴れしていた場所には輝くトライデントだけが残されていた。すぐさまアリエルがぎゅっと抱きしめるように回収し、宮殿で待つトリトンの元へ届ける。
トリトンがトライデントを持った瞬間、荒れていた海流が弱まり、空から陽の光が届き、海はすっかり穏やかになった。またトリトンの顔色にも血色がもどり、やっとアリエルの表情も和らいだ──と思ったら、彼女はしゅんとうつむいてしまう。
「ごめんなさい、パパ……」
「あのさ、アリエルのことあまり怒らないでくれよな」
慌ててソラが助け船を出してあげると、トリトンは口元に笑みを浮かべて頷いた。もう睨まれることもない。
「わかっておる。おまえがアースラのさそいに乗ったのは――おまえの気持ちをおさえつけようとしたわしのせいでもある。おまえが水晶を見つけた時も、わしはつい、とりみだしてうちくだいてしまった」
「そうそう、水晶! なんでこわしたの?」
ドナルドに問われ、トリトンは少し迷ったように視線を落とした。
「あの水晶は……鍵穴を呼び出す魔力を秘めていたのだ。鍵穴は危険すぎる。おまえには、近づいてほしくなくてな……」
「パパ……」
親子愛の雰囲気の横で、やっと鍵穴が見つかったことを仲間同士アイコンタクトで喜びあった。
トリトンが照れくさそうに咳払いする。
「鍵を持つ勇者よ。あらためて、お願いする。鍵穴を封印してくれんか。このトライデントにも、鍵穴を呼び出す力がそなわっている。たよってばかりですまないが――」
「いいっていいって。最初から、そのつもりだったしさ」
照れくさそうに答えるソラを見つめていると、アリエルがトリトンの腕に軽く触れた。
「パパ、鍵穴はどこ?」
「それはおまえが一番よく知っておる。おまえがいつも遊んでいたあの場所なのだよ」
トリトンの優しい声の回答を聞いて、アリエルの瞳がパチパチ瞬いてキラキラと輝きだす。
「そうだったのかあ……ソラ、行ってみよう!」
グーフィーに頷くソラ。しかし出発前に、アリエルにトライデントを貸し与えたトリトンが手のしぐさのみでソラを呼んだ。
「どうやら、おまえの鍵を使う時が来たようだな。鍵穴は、いつもアリエルが遊んでいた場所にある。あの子は鍵穴の存在など知らなかったのだが――外の世界にあこがれる心が引きつけられたのかもしれん」
そして、丸めた紙を一枚差し出してくる。見覚えがある大きさの紙だ。そうっと開いたソラが「アンセムのレポートだ」と目を丸くした。ただの紙かと思いきや、耐水性なのは意外だった。
「以前、魔物を追い払った時に見つけたのだ。それも外の世界から来たものだろう」
必要なら持って行きなさいと言われ、ソラはうんと頷きグーフィーの甲羅にしまっていた。セバスチャンが大きなため息を吐く。
「アースラは滅び、トライデントもあるべき場所に戻って一安心です。あとはアリエルがもう少しおとなしくしてくれればよいのだが……」
彼のぼやきに、やはりアリエルはツンと聞こえていないフリをし、トリトンは苦笑していた。
アリエルのかくれがに到着すると、ずっとここで待っていたのかフランダーが出迎えてくれた。アリエルからすべて上手くいったことを聞くと、彼は小さな尾びれを細かく動かし喜んだ。
「さぁ、鍵穴を呼び出しましょう」
紋章型のくぼみの前でアリエルがトライデントを捧げると、トライデントは金色に輝いて浮き上がり、鉾の先がくぼみと共鳴して輝きだした。海底から泡が激しく吹き出し、近づいてくるあの気配──紋章の上に鍵穴が現れる。
ソラがキーブレードを向けると、施錠の音と共に世界の心に通じる鍵穴が消えてゆく。もはや恒例になったとはいえ神聖な儀式のような一連の流れが終わるまで誰も身動きできずにいた。
「ねえソラ、あなたたちの世界って、どんなところ?」
静かに鍵穴が消え去ったのを見届けてから、アリエルがそうっとソラへ話しかける。ソラは眉を下げてアリエルに謝った。
「ごめんな、だますつもりはなかったんだけど――」
「ううん、いいの。だってそれって、私でも他の世界へ行けるかもしれないってことでしょ?」
うっとりとした顔つきで、アリエルが陽の光目指して海面へ向かって泳いでゆく。
「私、あきらめない。いつか必ず、新しい世界に行くわ。誰かを傷つけたりしない、私の扉をきっと見つけてみせる……」
光に包まれるアリエルの姿を見上げながら、あの日、夕日のなかで外の世界を目指していたリクの横顔を思い出した。何も知らないからこそ憧れる外の世界──旅に出てから、確かにたくさんの友だちと出会えることができたけれど、それ以上に闇の魔物と戦ってばかりいる。
「その扉はどうか、私の知らないところで見つけておくれ」
いつの間に付いてきていたのか。セバスチャンのボヤきは、やはりアリエルには届いていないようだった。
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