再びイルカに連れてきてもらった難破船の広場。スイッチの場所は記憶していた。
 みんなの視線を浴びたセバスチャンが咳払いし、胸を張る。

「ここは私の出番かな? まあ見ていなさい」

 掌サイズのセバスチャンが狭い隙間をすいすい進み、黄色くて四角いスイッチを一生懸命に押し込むと、からくり仕掛けのように岩が底へ沈み道が現れた。この先は更に深度が深いのか、それとも何かが混じり濁っているのか水の色が紫がかって見える。

「なんだか不気味だねぇ」
「ここより、水が更につめたいような気がするよ……」
「僕は怖くなんてないぞ!」

 グーフィーと話していると、ドナルドが奮起してさっさと先へ泳いでいった。ソラがぽそっと囁いてくる。

「ドナルド、張り切っちゃってどうしたんだ?」
「ドナルドは宮廷魔導士だから、海で一番の魔女に対抗意識を燃やしているのかもしれないね」
「それなら、タコってところも一緒だな」

 グーフィーとソラの談笑を聞きながら、先ほど見かけたアースラのことを思い出す。鋭い目つきに大きな体躯、ひとつひとつが太く長い八本の足。彼女自身からも強い魔力を感じたが、あのトライデントも持っている。ランプを得たジャファーと同じ、とても油断ならない相手だ。
 おそるおそる進む陽光すら届かない深海は、海底から不気味な光が薄っすら輝いているので視界には困らなかった。通路の突き当たりに現れたのは沈没船よりも大きな化石で、口から中へ入れるようだった。

「これは……竜の化石?」
「きっと、アースラはこの奥よ」

 タイガーヘッドを思い出しながら化石の口の中へ。
 罠を警戒しながらみんなでそうっと天井近くを泳いだ。海底には黄色に光る目ばかりがギョロギョロとしている、手も足もない謎のヨボヨボの生き物がびっしりとひしめいていて、どれも悲しそうだったり怯えた目でこちらを見上げている。
 突然、一体がにゅるんと首を伸ばし手首に絡まってきた。半泣きで叫んだら、気づいたソラが慌てて振り払ってくれる。

「ケガはない?」

 心臓がバクバク言ってるのを感じながら頷く。生き物たちからは敵意は感じなかったけれど想像以上のグロテスクさに驚いた。ソラが少し顔をしかめながら彼らを見やる。

「あれもアースラの手下なのか?」
「わからない。けど……私たちを止めたかったみたい」

 この生き物たちから伝わってくる絶望と恐怖──アースラという魔女はどれだけ残忍な性格なのだろう。

「あっちから、強い魔力を感じるぞ」

 アリエルとドナルドが勇み足で先頭を進んでゆく。海藻のカーテンをくぐった先、ついにたどり着いた最深部は大きな巻貝と大きなツボ、ドレッサーなど生活感のある場所だった。小奇麗な部屋を見ていると、巻貝からぬるりとアースラが出てくる。トライデントは握っていない。みんな戦闘態勢になった。

「さあこい、魔女め!」
「私たちが相手だ!」

 ドナルドとセバスチャンが勇ましく叫ぶが、激怒顔のアースラを見てすぐにその勢いは萎んでいった。気圧されていないアリエルが言う。

「アースラ。トライデントを返して!」
「フン、お断りだよ、お姫様。大人しくしていれば、あんたは見逃してあげようと思ったのにねぇ……頭数が多ければあたしに勝てると思っているのかい。調子に乗るんじゃないよ!」

 アースラが部屋の中央のツボにフラスコを放り投げた後、長い足を広げ回転しながら襲いかかってきた。彼女の手下のジェットサム、フロットサムも一緒だ。全員大きく長い体と強い力を持っているため、巻き付かれて締め上げられたらひとたまりもない。
 みんながそれぞれ立ち回るなか、泳ぎが下手なりに目立たないように動き、薄暗い視界のなか目を凝らして状況を確認する。
 ドナルドとグーフィーはウツボたちと。ソラとアリエルはアースラと戦っていたが、アースラには防御魔法がかかっているようで、ふたりの物理攻撃はあまり効いていないようだった。伸びてくる八本足の吸盤に引っかけられて振り回されている。
 援護しなくては──身構えた時、コツンと腕が硬い何かに当たった。杯のようなツボだ。中では溜まった魔力がゆらゆらと輝いている。

「このツボ……」

 確か、トリトンが言っていた。

「アースラは不思議なツボから魔力を引き出しているのだ。攻撃するだけではアースラには通用せんぞ。あやつのツボを魔法で攻撃するのだ」

 ツボがアースラの本体には思えなかったが、トリトンの言葉を信じてツボへファイラを当ててみた。炎はツボに吸収され、代わりにツボの中から大きな火炎となって打ちあがる。願い通りアースラへ直撃し、アースラがギャアーッ!と叫んだ。

「効いてる……!」

 仕組みは分からないが結果は理解したので、遠慮なくファイラをツボへガンガン打ちこんだ。ツボはどんどん炎を放ち、アースラとウツボたちに命中する。しばらくして、炎を浴び続けたアースラたちは頭の上に星を浮かべて気絶してしまった。

「──たぁ!」

 防御魔法も消えているらしく、今度はキーブレードの攻撃に手ごたえがあったようだ。したたかに打たれ、アースラが先ほどより激しい怒りを露わな顔で目を覚ます。

「この……よくもやってくれたね!」

 こちらを睨んだアースラがビンをツボに投げ入れてきた。二個ほどポトポト魔力の水面に落ちたと思ったらツボの中の魔力が青く輝き、ツボを中心に大きな竜巻が発生する。ツボのすぐ側にいたため、まともに巻き込まれてしまった。渦に呑みこまれぐるぐると天井近くまで巻き上げられてしまう。

「目がまわって……あうっ」

 竜巻が収まったあと、まっすぐ泳ぐことができずフラフラしているとアースラのタコ足の一本が腹に巻き付いてきた。ぎゅうと締められ息すら苦しくなる。アースラが高笑いした。

「お返しだよ!」

 苦しくて尾びれでペチペチ叩いても全く緩まない。吸盤で固定されてるから滑るように抜け出すこともできず、アースラの思うまま徐々に力が加えられてゆく。体が軋む音がした。

「フィリア!」

 アリエルが隙をついてアースラのタコ足を叩いたり引っ張ったりして解こうとしてくれている。それを「無駄だよ」と嘲笑いながら、アースラがまたツボにビンを投げ入れた。またあの巨大な魔法を使うつもりだ。

「炎よ!」

 その時、ファイラをツボに連発するソラとドナルドの姿がちらっと見えた。先ほどのように大きな火の玉がアースラにぶつかり始める。アースラは泡を食った顔をして炎から身を守るのに集中しはじめた。絡まっていたタコ足の力が緩んだスキを見て脱出する。
 連続八発火炎をあびたアースラが再び気絶してしまった。ソラがキーブレードを構えてぐんと尾びれを強く振って勢いよくアースラへ突進する。

「これで、おわりだ!」

 ソラがキーブレードをアースラに振り下ろそうとしたその瞬間。とっさに目の前に飛び出してきたのはアースラの手下のウツボたち。斬られた彼らは声もなくあぶくになって消滅した。




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