すごい魚──イルカはハートレスに怯えていたが、それさえ蹴散らせば人懐こく陽気な性格だった。アリエルに手招きされてごきげんに寄ってくる。

「さ、この子につかまって」

 アリエルに言われ、ソラはイルカの背びれに、グーフィーはソラに捕まって、ドナルドはタコの触手をイルカに絡ませていた。自分はどこへ捕まろう。おろおろしながらとりあえず余っているアリエルの反対側に陣取ったが、力強い泳ぎにあっさり引き離されてしまった。
 ひとり置いて行かれてしまったのを見かね、ソラが手を差し出してくる。

「フィリアも俺につかまりなよ」
「ありがとう」

 けれど彼の背にはグーフィーがいる。どこへつかまればよいのか困っていると、ソラは「こっち」と手を掴んできて、そのまま彼の正面側から首回すよう言った。確かにこれなら背びれを掴むソラの両腕に固定されるため簡単に振り払われたりはしないだろうけど──男の子の、ソラの体を抱きしめていることを意識しないでいられるわけもなく……。
 ためらっていると、ソラがじれったそうに身じろぎする。

「どうしたんだよ、しっかりつかまって!」
「でも……ソラが苦しくない?」
「俺は平気だから」
「さぁ、私たちをあの海流の先へ連れてって!」

 もごもご話している間にアリエルの合図でイルカが泳ぎ始め、激しい海流を逆走する負荷がまるで嵐のように襲いかかってきて、ふわふわした気持ちなんてあっという間に吹き飛び、気がつけば必死にソラへしがみついていた。
 敵艦に囲まれたグミシップよりも揺れる激流の中、ぐんぐん進みやっと岩壁に囲まれた広場へたどり着く。真ん中には沈没した難破船が一隻あって、あまりの静けさに吐きだした泡の音すらとても大きく感じられた。

「この辺りは私たちも最近見つけたばっかりで、普段は誰も寄らないみたいなの」

 いかにもお宝がありそうじゃない? なんてアリエルは茶目っ気たっぷりに笑っているが、こちらからすれば難破船から船員の幽霊が現れないか不安である。

「ねぇ、船より先にまず周辺になにかないか探してみようよ」

 もともと海の世界のものではない船に、この世界の鍵穴がある確率は低そうである。グーフィーの提案に頷いて、難破船に近寄る前に周囲の探索から始めた。巨大な岩が倒れかかっている裏には、何やら不自然な石。スイッチらしき仕掛けを見つけたが、一番体が小さなフランダーでさえ引っかかってしまう程度の隙間しかなく諦めるしかなかった。
 それからもしばらくみんなで探索したが、これほど広い空間なのにめぼしいものはやはりそれだけ。

「やっぱり、船の中が怪しいわ!」

 お宝ハンターアリエルの勘がそう言っているのだろう。今度こそ彼女に従って、みんなで船の中にもぐりこんだ。船に積まれていた家具はほとんど海の藻屑と化したらしい。ほとんど何も残っておらず、代わりに不自然なほど立派な宝箱が一個、船室の奧に置き去りにされていた。ドナルドが瞳を輝かせる。

「宝箱だ!」
「この宝箱、なんだか新しいみたい」

 海の中では鉄の鍵、蝶番なんてすぐボロボロになってしまいそうなのに、これはちっとも錆びていない。最近、誰かが箱を置いたばかりかのよう。
 しかし、誰もそんな違和感など気にしていないみたいで、わいわい宝箱に向かって泳いでゆく。

「何が入っているのかな」

 期待半分、不安半分。一番にソラが近づいたときだった。船の外から漏れていた光がゆらっと陰った。巨大な影。ハッと息をのむ間もなく、次の瞬間には大きなサメが船の外側からこちらを狙って牙を突き立てていた。バリバリッバキバキと、雷に似た音が響き、船の木柵が木っ端みじんに噛み砕かれてゆく。

「なんだ!?」

 ぎょっと驚いて、一度みんな船の奥へ引っ込んだ。ギラギラ光る黄色の目がこちらを睨んでいる。フランダーが一目散にアリエルの背に隠れた。

「このあたりを縄張りにしてるサメだよ!」
「僕らを食べようとしているみたい」

 グーフィーがひゅっと甲羅の中に頭と手足を引っ込める。
 ハートレス以外の生き物との戦うのは久しぶりだ。ヒョウ、クジラ、サメ……ハートレス以外にも、世界には危険な生き物で溢れている。

「あっちへ行け、ファイア!」

 サメの一撃はすさまじかったけれど、その巨大な体が通るには隙間が足りなかった。ドナルドのファイアを避けつつ、サメは一旦すいと退いて、ぐるぐる船を周回しはじめる。逃がしてくれる気はないようだ。また次同じ場所へ体当たりされたら今度こそ侵入されるだろう。
 そんななか、アリエルがサッと宝箱の側へ泳いで宝箱を開けようとした。けれど、鍵がかかっており開けられないようだ。サメの影がゆらゆらと近づいている。

「アリエル、危ないよ!」
「だって、このままじゃ宝箱まで食べられちゃうわ!」
「──どいて!」

 ソラがキーブレードで宝箱を叩くと、勢いよく中身が飛び出してきた。水の中で見失ってしまいそうなほど透き通った水晶だ。錨か銛の先に似た変わった形に磨き上げられており、何やら不思議な力が宿っているように感じられた。
 アリエルが水晶を見て首をかしげる。

「あれ? この形、どこかで見たことあるわ……」
「フィリア。危ないから、コレ持ってアリエルと隠れてて。ドナルド、グーフィー。行くぞ!」

 とっさに水晶を受け取ってしまったら、ソラが船窓から外へ飛び出していった。ドナルドとグーフィーも続く。すぐにサメがソラたちへ襲いかかる音が聞こえた。
 自分だって仲間なのに待っているだけなんて。アリエルも自分と同じ気持ちのようで、勇ましい表情で言った。

「私たちだけ隠れてるなんて、できっこないわ!」
「うん。フランダー、コレお願い」

 目を見開き、可哀相なほどガクガク震えているフランダーに水晶を押しつけ、アリエルと船外へ泳ぎ出た。途端、目の前をごうっと大きな存在が横切って行く。まるで嵐のような速度でサメがソラたちへ襲いかかっていた。サメの牙を受け流すソラに、魔法を操りサメの注意をそらすドナルド、甲羅の中に手足を引っ込めて噛みつき攻撃から身を守るグーフィー。一見、上手く連携しているようにも見えるが、実際はあの速度に追いつけず、防戦一方であった。

「反撃の隙がないっ」
「任せて、私がサメを引きつけるわ!」

 ソラの言葉に反応し、止める間も無くアリエルは矢のような速度でサメの元へ泳いで行ってしまった。サメはアリエルを見とめると、すぐに彼女を追いかけ始める。アリエルたちはしばらく目で追うのも難しい速度であちこち泳ぎ回り、途中ガチッ、ガチッとサメの大きな口が空振りしていた。

「アリエル、こっちだ!」

 ソラたちと渾身の一撃を叩きこもうと待ち構えたところへアリエルが飛び込んでくる。ソラがキーブレードをふりおろし、グーフィーが甲羅姿でスピンを加えたタックルをし、ドナルドと一緒に大きな炎の魔法をぶつけた。腹部を上下左右から一斉攻撃されたサメは頭の上で星を回し、ぐるんとひっくり返って腹を上にして動かなくなった。戦闘不能になったようだ。
 サメがぷかぷか動かないままなのを確認し、みんなおそるおそる肩の力をぬいてゆく。やったわ、と喜ぶアリエルへ近寄った。

「アリエル、ケガはない?」
「ええ、この通り」

 得意げに微笑むアリエルに聞こえない声量で、ドナルドとグーフィーがぽそぽそと言う。

「まったく、ムチャするんだから」
「トリトン王が見てなくて良かったね」

 一国のお姫様に牙剥くサメのおとりになってもらったなんて、もしトリトンに知られたら──この海から追い出されてしまうかも。怒り狂ってトライデントを構えるトリトンを想像し、みんな一瞬沈黙した。

「もうここには用はないし、一度隠れ処に戻ろうぜ。フィリア、さっきの水晶は?」
「それならフランダーに……あっ、こっちに来てるね」
「みんな、大丈夫?」

 ちょうど船から隠れていたフランダーがやってきていたことに気づいた時、ボコッと泡を吐きだしてサメが意識を取り戻した。次の瞬間には目覚めたばかりとは思えないほどのスピードでフランダーめがけ口を開き襲いかかる。

「フランダー!」

 アリエルが叫ぶも、誰も、何もできていない。フランダーは驚いて目を見開いているばかり。こちらからフランダーのいる場所はまだ距離があり、剣も魔法も泳いでもとても間に合わない。
 フランダーを助けなくちゃ。彼はいま、自分が預けた水晶のせいで速く動けない!

──まだ間に合う魔法がある。私は知っているはず。ほら、アグラバーで唱えたでしょ?

 その思考の瞬間は、とても奇妙な感覚だった。スローモーションで動く視界のなか、己が己でなくなるような錯覚すらする。
 掌でバチッと魔力が鳴る。知らない魔法を扱おうと体じゅうの膨大な魔力が動きだす。どうしてこの魔法を使えるの。いつ覚えた魔法なの。ズキッと頭に痛みが走り、ハッと魔力を調整しなおした。

「──だめっ!」

 凍るような音がして、サメの動きの一切が停止する。最近習得した、時間停止魔法のストップだ。ごく限定的な範囲のほんの数秒間ではあるが、あの瞬間、まるで別人の意志が唱えようとしていた魔法とは違う魔法である。

「あっちへ行け!」

 ソラがキーブレードで動けないサメをたくさん叩くと、魔法の効力が切れた途端に殴られた衝撃がすべてサメに与えられる。そして今度こそ降参とばかりにサメはどこかへ泳ぎ去った。
 心底怯えながらも、無事だったフランダーがほうっと息を吐く。

「もうだめかと思ったよ。ありがとう」
「無事でよかった」

 フランダーの無事を喜び合う仲間たちを、少し離れた場所で見つめる。
 寒気がした気がしてブルッと体が震える。たまに飛び出す知らない魔法はもう使いたくない。訳が分からないまま制御できない力に頼っていたら、いつか仲間たちまで傷つけてしまうかもしれないし──なにより自分が自分でなくなってしまうような感覚が不気味だった。




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