プンプン頬を膨らませ、尾びれを強く振って泳ぐアリエルを追いかけていると、宮殿から出たところでケロッといつもの表情で振り向いてきた。
「ねぇ、私のかくれがに来て。見せたい物があるの。ほら、ここから見えるでしょ。あそこがそうよ」
アリエルが少し離れた場所にある岩場を指す。よく分からないままその場所に近寄ると、入口を岩に塞がれた洞窟らしい。試しに押してみると、水の中だから浮力に助けられ思ったより少ない力で動かせるようだ。
トンネルのような入口をくぐると、奥は円形に開けていてスポットライトのように水面の天窓から光が射しこんでいた。──まるで神聖な場所のよう。フィリアがアリエルには届かない声で「島の秘密の場所と似てる」と呟いたのが聞こえた。
この場を取り囲む壁は棚になっており、海の中では珍しい地上の家具がたくさん飾られている。オルゴール、絵画、燭台に蝋燭の代わりに立てられたフォーク、スプーン……。
アリエルは宝物たちをうっとり見回して、えへんと胸を張った。
「どう? みんな私とフランダーで集めたの。きっと外の世界のものよ」
この海の世界にとって、地上は外の世界──。うかつに語ってはいけないと知る。
「私ね、いつかこの海の外に出たい。もっと広い世界を見たいの。そういうのって、変かな……?」
「いや、そんなことない。そんなことないよ。俺も、そう思ってた」
はじめはリクの受け売りだったとしても、カイリやフィリアの存在によって自分にとっても外の世界が憧れだったことを思い出し、アリエルがあの頃の自分たちの姿と重なった。
アリエルが首を傾げる。
「思ってた?」
「いや、思ってる、今でも」
内緒話をするように、アリエルが満面の笑みで顔を近づけてくるので思わず緊張した。純粋でキラキラ輝いている瞳に圧倒される。
「ね、さっき言ってた“鍵穴”っていうの、探しに行きましょう?」
「でもアリエルの親父さんが──」
トリトンの話をするとアリエルはまたころっと表情を変え、むくれ顔になる。
「パパの言うことなんか気にすることないわ。あれはダメ、これもダメって怒ってばかり。私にだってやりたいことがあるのに」
「それは、きっとアリエルのことがとても大切だから」
「パパはいつも私の言うことなんてちっとも聞いてくれないの。おまけにガンコで分からず屋!」
フィリアもおずおず進言したが、アリエルは日頃からトリトンの態度へフラストレーションをため込んできたのか全く聞き入れない。
さっそく心当たりのある怪しい場所を相談しはじめたアリエルとフランダーから隠れるように、みんなでこそこそ顔を寄せた。
「トリトン王に叱られたばっかりなのに、すっかりやる気みたいだね」
ドナルドが呆れを含んだ横目で彼らを見やる。もはやトリトンの名を出せば出すほどに反抗心からアリエルは自分たちについて来ようとするだろう。
「アリエルたちが一緒なら、広い海の中でも鍵穴を探しやすいんじゃないかな?」
それも一理ある。けれどグーフィーの意見へ頷く前に、フィリアが反対した。
「でも、この世界もすっかりハートレスだらけだよ。アリエルのパパがとても心配していたし、本当に何かあったら──」
どうするの、ソラ。こういう時みんなの視線が集中する。
戦えるといっても、出会った時、ハートレスから逃げていたアリエルと臆病なフランダー。トリトンの懸念。未知への冒険に瞳を輝かせているアリエルの笑顔──。
「俺たちで守れば、大丈夫だろ」
「お話は終わった? なら、さっそく行きましょう!」
アリエルとフランダーがワクワクした顔して泳いできたので、秘密の相談は終いとなった。
フランダーからの情報で、海流に逆らって泳ぐすごい魚につかまれば、広大な海の更に遠くまで探索できるらしい。
怪しい場所の心当たりを指を折ってピックアップしてゆくアリエルたちのはしゃぐ姿は微笑ましい。いくらハートレスが現れたって、みんなで力を合わせれば守りきれるはずだ。
能天気に構えながら、アリエルの隠れがを出て、まずはそのすごい魚を探すことにした。
★ ★ ★
手下のウツボたちの目を通し、風景を壺に映すしだす。物陰に潜み、ずっと視ていた。
「おまえたちに“鍵穴”が見つけられるものか。だけどあの娘は使えそうだね」
憎きトリトンの娘たちのなかで──この海の中で一番美しい歌声をもつお転婆のアリエルは、ずっと前からトリトンの弱みになると見込んでマークしていた。それがまさか、あのキーブレードの勇者たちと繋がるとは。
どうやらトリトンはキーブレードの勇者たちを信用しておらず、こちらの都合の良いことに、アリエルとトリトンの仲を割くきっかけとなっている。
「おまけに今のあたしにはハートレスの力もある。いまいましいトリトンめ、今に見ていろ。アハハハ……!」
うまくことが運べば鍵穴、王の座、この世界──全て手に入れられる。そしてあの間抜け面の勇者どもがこの偉大な魔女アースラに敵うわけがない。
ウツボたちに監視を続けるよう命令し、貝殻のベッドに寝そべりながら、しばらく高笑いが止まらなかった。
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