ハートレスを全て倒すと、おそるおそるアリエルが戻ってきた。

「あなたたち、強いのね!」

 尊敬のまなざしで褒められると照れくさくなってしまう。自力では開けられないのか、貝の中から「おーい!私たちをおいていくのか!」とセバスチャンの悲鳴が聞こえたので、ソラがキーブレードで開いてあげていた。
 貝から出てきたセバスチャンたちに、アリエルは「そういえば私たち、逃げてきたんだったわね」とあっけらかんと言った。彼らと出会った時、慌てていた様子だったことを思い出す。

「しかし、あの時はもっと数がいたような──」

 ハッと言葉を止めて、セバスチャンの赤い顔が青ざめる。

「いかん! 他のやつら、宮殿に向かったのでは!?」
「大変、急ぎましょう!」
「で、でも外にはまだあいつらがウロウロしてるんじゃ……」

 フランダーが怯えた顔で言い淀み、アリエルが真剣な表情でこちらを見た。

「お願い、私たちを宮殿まで連れて行って!」

 断る理由もない。ソラはすぐに快諾して、みんなで大海へ泳ぎはじめた。アリエルがあちこちの岩壁に描かれた案内マークに従えば宮殿につくと説明する。

「さあ、行きましょ」

 驚いたことにアリエルも戦闘に参加するという。彼女は回転しながらハートレスに体当たりをしたり、尻尾で叩いたり宙がえりしたり、まるで踊るように海のなかを自在に泳ぎまわってハートレスを翻弄していた。やっとまともに泳げるだけのこちらに比べ、軽やかで優雅さまで感じさせる。

「宮殿って、あとどれくらいかな?」
「あー……もう少しだ」
「それ、さっきも聞いたよ」

 セバスチャンを頭に乗せたドナルドが、彼のあいまいな返事にツッコミをいれる。
 黄金のトライデントのマークに従って宮殿に向かっているはずだが、海の中はとにかく広く、そしてハートレスだらけ。やっと宮殿と呼ぶにふさわしい海底の建造物が見えてきた頃にはすっかり泳ぎ疲れてしまったが、シーネオンの触手に絡まれかけたり、スクリューダイバーに尾っぽを掴まれたりするので休む暇もなかった。

「もうだめ、泳げない」
「宮殿に逃げ込みましょう!」

 アリエルが先陣きって宮殿の中へ進む。ソラに引っ張られながらハートレスの群れから逃げていると、奥から黄金に輝く矢のような魔力が飛んできてハートレスたちを消滅させた。

「あぶないところだったな」

 太い男性の声にアリエルの表情がパっと明るくなる。現れたのは、白くて長い髪と髭、筋肉質のたくましい上半身、青いウロコをもつ壮年の男性の人魚で、彼は立派な王冠をかぶり、黄金に輝くのトライデントを持っていた。

「だが、わしとこのトライデントがある限りあのような輩をこの宮殿に侵入させるものか」

 魔力を放った金のトライデントの輝きがゆっくり収まってゆく。一瞬であの数のハートレスを倒すなんて。ソラが小声で「すげぇ」と呟いていた。

「パパ!」
「アリエル!」

 アリエルが嬉しそうに彼をそう呼び、アリエルを見たパパは怒り声でアリエルを呼んだ。怖くて思わず一緒にビクッとしてしまう。

「宮殿の外は危険だとあれほど言っておいたのに」

 叱られてアリエルがぷぅと頬を膨らませる。パパは鋭い眼光でこちらを見て「怪しい奴らがうろついておるのだ」と続けた。
 怪しい奴ら扱い──助けてもらってありがたいが、歓迎されていない雰囲気に居心地が悪い。
 セバスチャンがドナルドの頭からおりて、パパの隣に浮かぶとわざとらしく咳払いした。

「こちらにおわすお方こそ、王の中の王。我らがトリトン王であるぞ。」

 王様なんて初めて見た。威厳たっぷり、眉間にシワが寄っていて、強くて厳しそうで頑固そう──昔どこかで、こんな人に会ったことがあるような──?
 トリトンはこちらから警戒の目を逸らさずに、「この者たちは?」とセバスチャンへ訊ねた。

「ここへくる途中、助けてもらったの」

 答えたのはアリエル。トリトンがほぉ、と感心する。

「見ない顔だが」
「俺たち、遠くの海から来たもんで」

 アリエルに使った言い訳をソラが再度使った。

「遠くの海から泳いで来たにしては、ぎこちない泳ぎ方だな」

 多少慣れたと思っても、やはり現地の人から見たらまだまだのようだ。ギクッとして、そ〜っとソラの後ろへ隠れる。視線も外してウッカリ目が合わないようにした。
 トリトンがトライデントを持つ手から力をぬく。

「おまえたちの正体はともかく、アリエルを救ってくれた礼は言おう」
「いいって。それより俺たち、探しものがあってここまで来たんだけど──」

 グーフィーが「そうそう」と頷きながらスイスイと泳ぎ始める。

「“鍵穴”を探しにね」
「“鍵穴”?」

 その瞬間、トリトンが僅かに目を見開いて眉間のシワが増えたのを見た。
 一方で、トリトンの様子に気づいていないグーフィーはアリエルと話し続ける。

「なあに、それ?」
「あのね──」
「そんなものは知らん。聞いたこともないな」

 早口に言い捨てると、もう用がないなら出ていってくれと、トリトンが会話を切り上げようとした。突然の豹変ぶりにアリエルまで戸惑っている。

「でも、パパ──」
「アリエル! おまえは黙っていなさい」

 有無をいわせぬ迫力のトリトン。アリエルはカンカンの怒り顔になっていた。セバスチャンは口を塞ぎあわあわしている。
 トリトンがアリエルへ命じる。

「いいな。もう二度と宮殿の外へ出てはならんぞ!」

 フンと顔を背けたアリエルは、返事もせずに王座の間を出て行ってしまった。アリエルを追うかたちで自分たちも王の間をあとにする。
 最後の角を曲がる前に、なぜかどうしてもトリトンが気になって振り向くと、ため息をついて尾びれをしょげさせながら王座へ座る姿が見えた。
 アリエルを大事に想っているみたいなのに、どうしてあんな言い方をして、落ち込んでいるのだろう?
 やはり似ている。分からないけど誰かに似ていると焦燥感ばかりがつのる。

「フィリア。どうしたんだ? 行くよ」
「あっ、うん」

 不器用なアリエルのパパ──自分のパパはどんな人だったのだろう?
 ディスティニーアイランドの村長さんはとても穏やかで優しい人だったことを思い出しながら、クルッと尾びれを操って急いでソラたちを追いかけた。




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