新しい世界へ飛び込むと、視界は一面に青く、コポコポと泡音に包まれる。
モンストロから脱出した後、すぐに現れた次なる世界は海で満たされた世界だった。ここにも探し人はいなそうではあるが、ハートレスの脅威から守るため鍵穴を閉じなければならない。けれどエラ呼吸はできない。
そんなわけで、ドナルドがこの世界に相応しい姿になれる魔法をかけてくれたのだが……。
「すげぇ。俺たち、本当に魚になってる!」
下半身がイルカになったソラが、己の尾びれを見て感嘆をもらす。
「すごい、けど──んっ、これっ、どうやって、動けば、いいの?」
自分もソラと同じく白いイルカの下半身を得たのだが、どうにもうまく操れない。クネクネ尾びれを動かすたびになぜかピョコピョコ横へ移動してゆき、ついに岩壁にたどりついた。
「えぇとね、こうするんだよ」
ウミガメになって早々にコツをつかんだグーフィーがスイ〜ッと目の前で泳いで見せてくれるも、形態が違うから全く参考にならない……。
「おかしいな。もっとカッコイイ姿になるはずだったのに……」
下半身がタコとなったドナルドは、己の姿が不満なのか水中で逆さま状態のまま目をつりあげて拗ねていた。
「フィリア。だいじょうぶか?」
自分よりはマシに泳げるソラが、あまりにもひどい泳ぎっぷりを見かねて手を差し出してくれる。
「ありがとう、ソラ――あっ、きゃっ!」
ありがたく手を繋いで尾びれをぶんと振ってみると、今度はソラのほうへつっこんでしまった。自分はまだ上半身に薄着を残しているが、ソラの方は何も着ていない。裸のソラに抱き着いてしまってボッと顔が熱くなった。一方でソラは全く気にしてないみたいで、アハハと笑う。
「俺もまだ慣れてないからさ。焦らなくていいよ」
「うん……」
恥ずかしくて、視線をそらしながら頷いた。早くちゃんと泳げるようにならなくちゃ。海の中は何もしていなくても目に見えない海流に流されてしまうので、その場に留まることすら体力を使う。
「ここ、ハートレスもいないみたいだし、今のうちに練習しようぜ」
そうしてこの体で泳ぐ練習を始めたのだが、数分も経たず誰かがこちらへ泳いできた。
「セバスチャン、早く!」
「待ちなさいアリエル。私をおいていくんじゃない! 待って!」
長い赤髪に翠の鱗をもつ女の子の人魚と、黄色に青い縞模様の魚、掌サイズの赤いヤドカリが懸命にこちらへ向かってきている。彼らは背後ばかり気にしていたので、ヤドカリの彼はドナルドの顔面にぶつかる寸前まで接近し、至近距離で目が合うと互いにギャアと悲鳴をあげて驚きあっていた。
アリエルと呼ばれていた人魚の女の子がクスクス笑う。
「落ち着いてセバスチャン。この人たちは違うみたい。ね、フランダー」
彼女の背後に隠れていた臆病そうな黄色の魚が、おずおずとこちらを伺っている。
「そうだね。でも、何かヘンだよ」
「そういえばそうね――」
なにやら怪しまれてしまった。異世界から来たことがバレぬよう、みんなで乾いた笑いでごまかそうとしてみる。
「何が?」
ひきつった笑顔でソラが問うと、アリエルが寄ってきて観察しながら周囲をゆっくり泳いでいった。緊張のあまり繋いだままのソラの手をぎゅっと握る。仲間の中で一番不自然な動きをしている自覚があった。
「あなたたち、どこからきたの?」
「もっと北の海から。なにしろ離れてるからこのへんの水には慣れてなくって」
ソラが一生懸命ごまかすので、何度も頷いて後押しする。横ではドナルドとセバスチャンがなぜかまた睨みあっていた。
「まあ――それじゃしかたないわね」
アリエルは一通りこちらを観察し終えると、セバスチャンの方を向いた。
「そうだセバスチャン。泳ぎ方を教えてあげて」
「アリエル! またトリトン王に叱られますよ!」
「だいじょうぶよ」
セバスチャンが出した名を聞いた途端、アリエルがうんざり顔になり「いいから、ホラ、おねがいね!」なんてツンとそっぽをむく。
「……私たち、そんなにヘンかな?」
尾びれを動かしてみると、また横へぴょこっと移動した。セバスチャンにため息をつかれる。
「確かにそんな泳ぎ方じゃ、この大海で稚魚より苦労しそうだな。やれやれ……では泳ぎ方をコーチしてやるとするか。フランダー!」
肩をすくめるセバスチャンの横に、すばしっこく泳ぐフランダーが並ぶ。
「フランダーと練習してみなさい。彼の場所まで泳いでタッチするんだ。では、始め!」
セバスチャンは教えることが上手で、とても面倒見がよい性格らしい。いざ始めたら甲斐甲斐しくかつ熱心にアドバイスを飛ばしてきた。ソラが勢い余って岩の間から出そうになると「こらこら、そっちじゃないぞ」と追いかけるし、また横へ移動してしまっていると「カニじゃないんだから。尾びれだけじゃなくて、全身を使って泳いでみてごらん」など、的確に助言を与えてくれる。アリエルの応援にも励まされ、あっという間にフランダーと鬼ごっこを楽しめるほど上達することができた。
「だいぶさまになってきたな――お次は身を守る方法だが――」
「セバスチャン!」
セバスチャンの言葉を遮ってアリエルが叫ぶ。彼女の指す先からクラゲの姿を模したハートレスがうようよこちらへやってきていた。もはやどこでも当たり前のように現れるハートレスたちだが、それでもまさか魚たちの世界にもいるなんて。
「実戦でおぼえるのが一番だ。ウン」
セバスチャンがハサミを振り回して必死に泳ぎ、フランダーと共に貝のなかへ隠れてしまった。アリエルもあっという間に遠くの岩陰の先へ逃げてしまう。
「よぉし、泳ぎの練習の成果を見せてやる!」
「うん!」
泳ぐスピードすら利用してキーブレードでハートレスを倒すソラ。自分は魔法を飛ばすばかりなのであまり泳がずに済んでしまったが、泳ぎの訓練のおかげでみんな大した怪我もなく、あっさり勝利することができた。
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