「フィリア……フィリア」

 名を呼ぶ声がして目を開けると、丸いステンドグラスの上にいた。描かれているのは自分の姿によく似ている。どうやらこの床は、果てのない闇の空間の中にポツンと建っているらしい。広いことは感じられるも風もなく、暑くも寒くもない。こんな場所へどうやって来たのか覚えていない。

「フィリア」

 後ろから声。振り向くと鮮やかな赤髪が目に飛び込んでくる。続けて青い瞳、優しい微笑み。

「──カイリ!」

 唐突に現れた彼女に心底驚いて、とっさにその両腕にしがみついた。あんなことがあって以来の再会だというのに、カイリはおかしそうにころころ笑う。

「フィリアったら、そんなに慌ててどうしたの?」
「どうしたのって──探してたんだよ、ずっと」
「変なの。私たち、ずっと一緒にいたじゃない」
「え?」

 カイリが何を言っているのか分からなくて言葉に詰まった。彼女に会いたくて、ソラと共に世界の海にまで旅へ出たというのに。
 カイリは微笑みを浮かべたまま、ジッとこちらを見つめている。

「か、カイリ……?」
「ねぇ、フィリア。本当は分かっているんでしょ?」

 微笑みは変わらないのに、カイリの声音が変わった気がしてゾクッと背筋に悪寒が走る。

「何のこと? ねぇ、いったいどこにいたの?」
「私がどこにいるのか、フィリアはもう知ってるんだよ」
「分からないよ。カイリ!」

 焦れてきて、カイリに迫ると、ぎゅっと抱きしめられた。心の気配はありありと感じられるのに、ぬくもりがない。カイリの髪の香りがしない。

「だから、こうして会えた。フィリア。心を澄まして――感じたままを受け入れて」

 カイリの言ってることが何ひとつ分からなくて、せめてカイリが消えてしまわぬよう抱きしめ返す。

「心を澄まして、感じたままを……」

 カイリから感じる、闇が無い、光の気配。どこか懐かしい──。

──懐かしいのは、どうして?

 唐突に、カイリの体がテレビの砂嵐のようにブレた。錯覚かとよく見れば、サラサラの赤髪は跳ねた金髪に、ほっそりした華奢な肩はしっかりした少年の幅になっている。カイリじゃない? 顔を見ようとしたら、更に強く抱きしめられて肩口に顔を埋めるかっこうとなった。鎧をつけた肩。この少年は誰なのか分からないのに、なぜか嫌じゃない。ドクドクドクと心臓が鳴る。ザザザと脳裏に何かが走る。

「フィリア……」

──ダメッ!

「キャァァアッ!」
「ウワァァッ!」

 飛び起きるなりゴチン! と額に衝撃が走った。痛みに押さえると、目の前で同じようにソラが頭を抱えている。

「いって〜!」
「い、たた……ソラ? え、なに、どうして?」

 何がおきたのか分からないうえ、なんだか少し生臭い。混乱していると、ソラが「やぁ」と苦笑した。

「俺たちクジラに呑みこまれて、今まで気絶してたんだ。フィリアを起こそうと思ったら、突然起き上がったからさ……」
「それじゃあ、ここは」
「クジラの口の中」

 薄暗い周囲を見回すと、すぐ横にとても大きな白歯がずらっと並んでいるのが見えてゾッとする。このままクジラのお腹の中で消化されてしまうのだろうか。焦っていると、ソラが「それだけじゃないんだ」と、きりだした。

「ピノキオもここにいて、止めたのに奥に行っちゃったんだ。いま、ドナルドたちが追いかけてる。俺たちも急ごう」
「ピノ?……う、うん!」

 情報量が多くて理解しきれず、とにかくソラに頷いてついてゆくことにする。
 クジラの口の中はプールのように水が張っていて、船の残骸であろう木材があちこちに浮かんでいた。とても一艘分の量ではない。このクジラはどれだけ船を食べたのかしら。ヒヤリとした心地で、まともな照明もない中、頑丈そうな木の板を見つけて飛び移りながらクジラの口奥へと移動してゆく。
 先にピョンと木の板に乗ったソラが、こちらに手を差し出し助けてくれた。

「そういえば、うなされてたみたいだけど大丈夫か?」
「私のこと?」

 訊ね返したことがおかしかったのか、ソラは怪訝そうに眉を寄せる。

「悲鳴あげてただろ?」
「そうだったっけ……」

 言われてみれば、何か夢を見ていた気がするが、額をぶつけた衝撃とクジラに食べられたことのショックで思い出せない。

「忘れちゃった」
「それなら、いいけど」

 そのままもう少し進んでゆくと、口の最奥から黄色い光が射してきた。他の残骸に比べたら、まだまともに残っている船首の上に人影がある。

「こんなところに、俺たち以外にも誰かいるのか?」
「ソラ、フィリア」

 ドナルドが小声で呼んでいる。船首の横でドナルドとグーフィーがこちらに手を振っていた。




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