ロイヤルブルーの服の隙間からのぞく柔らかそうな白肌。きらきら光る青い薄布を纏ったフィリアがなんだか神秘的で、どうしても気になってしまう。女の子って服ひとつでこれほど印象が変わるのか。今度の服のほうがケガをしやすそうなので、戦闘中はもっと気を配ってあげたほうがいいだろう。

「これからどうする?」

 なんとかフィリアから視線を離し、切り出した途端にカタッと小さな物音がしたので、全員で戦闘態勢になってそちらを見た。しかし、誰もいないし、ハートレスの気配もない。

「なんだこれ?」

 よく見ると、ビタンビタンと床で跳ねるものがあった。おそるおそるソレに近づく。大きい布がひっきりなしに動いているが、風になびいているのではなさそうだ。鮮やかな紫色に金糸の模様が描かれ、四隅に房までつけた高級そうなじゅうたんが、瓦礫に挟まれ、陸に上がった魚のようにビチビチと動いていた。
 フィリアが横に来て、一緒にそれを覗きこむ。

「じゅうたんが、ひとりでに動いてる」
「生きているのか?」

 載っていた瓦礫を除けてあげると、鳥よりも優雅に空を飛んだので仰天する。彼(?)は解放されるや、すごいスピードで壁に開いた大穴から飛び立っていった。

「すごい。空を飛ぶじゅうたんだ!」
「不思議……魔法でできているのかな?」

 フィリアと口々に感想を言いながらじゅうたんを見送る。グーフィーが頬をかいた。

「どこへ行ったんだろう?」
「じゅうたんは砂漠の方に飛んでいったみたいだね。ソラ、追いかけてみよう!」

 ドナルドに頷いて、みんなでじゅうたんを追いかけた。相変わらずのハートレスたちを蹴散らしながら、城門広場に戻り、砂漠へと足を踏み入れる。
 砂漠は地平線まで金色の砂山ばかり。風が細かな砂を運び続けている。うかつに踏みこんだら助からない――世界の海と同じだ。美しいけれど、厳しく残酷で、恐怖と不気味さに満ちている。

「あっ、いたぞ。こっちにくる」

 目が痛くなるほどの青空のなか、先ほどのじゅうたんがこちらへ一直線に飛んできた。着地するなり、人間のように二本足で立つように縦になり、上部の房の二つを手のように動かしている。自分にはノリノリで踊っているように見えた。砂漠へようこそ――なんて?

「大変なことが起こってて、私たちに助けてって言ってるみたい」

 呟いたフィリアへ、じゅうたんが上半身(?)をペナペナ折り曲げる。人間であるなら頷いている状態であろうか。肯定の気持ちが伝わってくる。

「フィリア、じゅうたんの気持ちがわかるの?」
「わかるっていうか――そう言ってる感じがするっていうか」

 フィリアがあやふやに答えると、ドナルドがしかめっ面で砂の上で平たい足をパタパタさせた。

「じゅうたんが来た方向に、助けてほしい誰かがいるのかな?」

 グーフィーの言葉にじゅうたんは先ほどの肯定行動を繰り返し、ひらっと宙に舞い上がって、浮いたまま敷物の態をとる。ドナルドがグワグワ首をかしげる。

「今度は何?」
「じゅうたんの上に乗ってって、言ってるみたい……」
「俺たちが全員乗っても大丈夫なのか?」

 フィリアの言葉を疑うわけではないが、ちょっと不安があった。じゅうたんは当然、布製だ。床の上に敷かれているからこそ乗れるのであって、今は何もない宙に浮かんでいる。
 じゅうたんについている房の一部が、親指をたてるような形に変わる。まるで「任せろ」と言っているみたいだ。

「どうするの、ソラ」

 ドナルドが興味心半分、疑い半分の顔で見てくる。

「乗ってみよう!」

 それでもちょっと心配で、みんなでじゅうたんの中心にそっと身を寄せ合うようにして乗れば、確かにじゅうたんは重さで凹んだり曲がったりなどしなかった。じゅうたんはそのまま高度を上げてゆき、砂漠の上をグミシップに負けない速度で進みはじめる。





 飛んでいった先は別に素敵な場所ではなく、ただの薄暗い砂漠だった。おまけにハートレスだらけ。もしかして罠だったのかと思ったとき、ハートレスが囲む流砂の中央に若い男がいて、砂漠の底へ飲みこまれようとしていた。誰かは知らないが、このままでは死んでしまう。

「大変だ!」

 ドナルドが叫ぶ。キーブレードを構えて全速力で駆けた。

「あの人たちを助けなくちゃ!」

 しかし、倒しても倒してもキリがなかった。ハートレスたちは延々に湧き続け、フィリアを追いかけるよりも執拗に、男を流砂へ沈めようとしているようだった。
 せっかく回復したのに、またヘトヘトになってきた時だった。流砂にいた男が何かを空に掲げた。薄汚れた小さなランプ――。男はためらう表情を見せた後に叫んだ。

「ジーニーこいつらを追っ払え!」

 すると、どこからか妙な煙が発生して、肌が青い魔人が現れる。新たな敵かと警戒する間もなく、ひょうきんな顔をしたソイツは太い腕を組んで「了解了解、ひとつめの願いだな!」と軽快に答えた。
 魔人の指がパチンと鳴ると、手品のようにハートレスが消え失せた。ひょっとして、キーブレードよりもすごいんじゃ……?

「もう、だいじょうぶだな」

 安全を確認してから、男と隣にいた小さな猿を流砂から救出する。軽くこちらの自己紹介をすると、男は「ここいらで見ない恰好だね」と呟いた。彼は爽やかな顔つきをしたハンサムで、アラジンと名乗る。肩に乗った相棒の猿はアブー。

「君たちはどうしてここに?」
「僕たち、街でじゅうたんに会って――」
「追いかけてみたら、ここに連れてこられたんだよ」

 グーフィーとドナルドが言葉を繋げてアラジンに説明する。戦闘中、どこかへ行っていたじゅうたんは、アラジンとアブーの側に降り立って彼らとの無事の再会を喜んでいた。彼らの様子に、隣に立っていたフィリアも表情を柔らかくする。

「良かった。じゅうたん、とっても嬉しそう」
「じゅうたんが助けたかったのって、アラジンとアブーのことだったんだな」

 じゅうたんに礼を言っていたアラジンがこちらを振り向いた。

「そうか。助かったよ、ソラ」
「アラジン。どうして砂漠なんかに?」

 ジャファーから逃げてきたのだろうか。アラジンはあのくすんだランプを見つめながら言った。

「砂漠の先に、魔法の洞窟があってね。そこに眠ってる伝説の宝を探してたんだ。あの空とぶじゅうたんと――このランプさ。この魔法のランプを手に入れたものは、ランプの魔人に――」
「ハイハイハイハイ。何を隠そう。その魔人こそ、このジーニーちゃんでーす!!」

 いつの間にか消えていた青い魔人が再び現れ、ハイテンションの説明タイムが始まった。要約すると、ジーニーはランプの精で、ランプの持ち主の願いを3つだけ叶えてくれるらしい。
 先ほどハートレスを追い払ったことで、願いは1つ終わってしまった。次の願いを急かされて、アラジンはそうだなぁと表情を緩める。 

「そうだな。僕を大金持ちの王子に――」
「ウワーオー! 地位に! お金! 実にシンプル。すばらしい!」

 にぎやかなジーニーは、魔法の力でデリバリーの配達員の恰好になった。

「よろしい。すぐに用意しましょう。百人の家来に、百頭の黄金のラクダ。あなたの合図ひとつで30分以内にお届けします。ご一緒にドリンクはいかがですかァ?」
「いらない」
「あら、そう」

 すげなく断るアラジンに、魔法で散らかしたデリバリーのチラシや、持っていた紙コップのドリンクをパっと消すジーニー。まるでコントみたいだ。アラジンは苦笑して言った。

「願いをかなえるのは今すぐじゃない。アグラバーに帰ってからでいいんだ」

 グーフィーが訊ねた。

「なんで王子なの?」
「アグラバーにいるジャスミンとその――ちゃんと話がしたくてね。なんたって向こうはお姫様だから。今の僕じゃ相手にしてもらえないよ」

 ふーん。身分違いの恋なのか。相手がお姫様なんて、大変そうだな。

「あれ?」
「ジャスミン?」
「そういえば……」
「いけね。ジャスミンが大変なんだった!」

 ドナルド、グーフィー、フィリア、自分と順に言葉を繋げる。ジャファーに追われ、裏路地へ逃げ去ったジャスミン。フィリアの服のことや、魔法のじゅうたんのことですっかり頭からぬけていた。アラジンの顔色がサッと変わる。

「なんだって!? よしソラ、一緒に行こう」

 慌てて五人で身体を寄せあい、じゅうたんの上に乗った。行くときと同じ速度で進む横を、ジーニーが飛んでついてくる。

「やっぱり、ひさしぶりの外はいいねェ」

 彼は鳥のように砂漠の空を気持ちよさそうに飛んでいた。ひさしぶりってどれくらいなんだろう。ランプの精で、持ち主に従わないといけないジーニー。

「自分では外に出られないってこと?」
「そういう宿命なのさ。偉大な魔力と! ちーっちゃなお家。3つの願いをかなえたらまた暗くてせまいランプの中。次に出られるのは百年先か二百年先か」

 自分の人生の何個分だろう。スケールが大きくてピンとこないまま、へぇ〜と生返事してしまう。
 アラジンが同情したような表情でジーニーを見る。

「なあジーニー。僕の最後の願いで君をランプから解放できるかな」
「それ本当?」

 彼にしては少し返事に間があった。ジーニーはひたとアラジンを見つめている。アラジンはニカッと彼にはにかんだ。

「ああ。約束するよ。ジャスミンを助けてからね」




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