互いに箱の裏から出ると、仕草やたたずまいから、彼女がいかに気品のある特別に美しい女性なのかがよく分かった。女性らしい曲線を描く見事なスタイルに、褐色の肌と豊かな長髪、大きく輝く黒い瞳は蠱惑的な色気があり、近寄ると甘い花の香りがする。彼女に見つめられると頬が熱くなってしまうが、自然と視線が吸い込まれてしまう。まるで夜空に輝く月のようだ。
 こちらから軽く自己紹介をすると、彼女はこちらの顔をひとりひとり見つめて、あなたたち見なれない格好をしているわね、と言った後に名乗ってくれた。

「私はジャスミン。このアグラバーをおさめる王の娘」

 王の娘とは?
 ポーッと見惚れていて頭が回らず、聞きなれない単語にソラ共々、しばしポカンとしてしまった。グーフィーが「てことは……お姫様だ」と答える。

「えっ、お姫様!?」

 物語ではよく出てくる単語であるが、現実ではそうそう会える人ではない。ましてやこんなネズミが走る裏路地の、薄汚れた箱の裏でなんて。
 ジャスミンは少しも気取った様子もなく、悲しそうに目を伏せて俯いた。

「……けれど、この街は今やジャファーのもの」
「ジャファー?」

 ソラが聞き返すと、ジャスミンは驚き顔で長いまつ毛を瞬かせた。

「あなたたち、知らないの?」
「僕たち、旅の途中に立ち寄ったばかりなんだ」
「いったい、この街に何が起きているの?」

 グーフィーが答え、ドナルドが問う。ジャスミンは美しい貌に憎しみをありありと浮かべて答えた。

「大臣のジャファーが邪悪な魔力を手にいれ、アグラバーを支配したのよ」

 ドナルドとグーフィーを見ると、彼らは神妙な顔つきで、また“干渉”について考えているようだった。この世界内のもめ事であるなら、自分たちがしてあげられることには限りがある。
 ジャスミンを助けてあげたい気持ちから、気になる単語を訊ねてみた。

「邪悪な魔力って、どんなもの?」
「街じゅうに溢れている、あの魔物たちを操る力よ。恐ろしいほどの数を呼び出して、父と街の人たちを捕らえて、閉じこめてしまったの」

 ジャスミンの言葉通り、本当にハートレスを操っているのであれば、レオンたちが話していた魔女マレフィセントと無関係とは思えない。
 ジャスミンが思い出したように付け加えた。

「彼は何かを捜しているみたい。“鍵穴”とか言ってたわ」

 ハートレスを操る力を手に入れた反逆者と、ハートレスだらけの街。その者は間違いなく、この世界を闇に堕とそうとしている――。
 そうっと仲間たちの顔を見た。みな、同じ考えに至ったようだ。特にドナルドの表情はありありとやる気に満ちたものに変わっていた。

「私、逃げ出そうとしたけど見つかって……危ないところを彼に助けられて」
「彼?」

 またもや分からない人物にソラが問うたが、ジャスミンは首を振った。

「この先の家に隠れていたんだけど、彼、用があるって出ていったきり帰ってこないから心配になって……彼に……アラジンに何かあったんじゃないかしら!」
「アラジンーー? それはどこのドブネズミですかな?」

 ここにいる誰のものでもない、低く哂う男性の声が裏路地に響いた。自分たちの頭上より高い場所から、蛇の杖を持ち黒いターバンを身にまとった細身の中年男がこちらを見下ろしていた。この状況でこれほど余裕ぶった態度――名乗られなくてもわかる。この男がジャファーだ。
 ジャファーはジャスミンをいやらしい目つきで見つめ、己の顎から垂れる黒ひげを撫でながら言った。

「ジャスミン姫。あなた様にはもっとふさわしい場所をご用意してございます。もっとふさわしい人間も――」

 己に向けられていなくても、ゾッとするような生理的嫌悪を共感する。ソラがジャスミンの名を鋭く呼んで、逃げろと命じた。ジャスミンは僅かにためらったようだが、裏路地の迷路に走り去った。
 ジャスミンを追わせるわけにはいかない。皆で戦闘の構えをとるなか、ソラのキーブレードを見やったとき、ジャファーの顔色が変わった。口端を吊り上げ、三白眼の瞳をギラギラと輝かせ、挑戦的な笑みを作り出す。

「そうか――おまえが鍵を持つ少年か」

 ジャファーの周囲にぼこぼこと闇が溢れ、バンディットたちが現れる。襲いかかってくるハートレスたちにジャファーも混ざってくるのかと思いきや、彼は赤いマントを翻し――恐らくジャスミンを追って、どこかへと行ってしまった。もともと距離が遠かったのもあり、止められずに見失ってしまう。




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