フィリアがヴェントゥスと降り立ったのは、崖で囲まれた大きな城の前だった。
 清楚な城の前には門番がいない。聞こえてくるものは鳥の羽音と草木が風に揺れる音だけ。不気味さにフィリアは表情を曇らせた。

「静かだね……」
「テラがいるかもしれない。入ってみよう」
「……」

 ヴェントゥスが城に向かって歩き出す。怖くないのだろうか――こんなにも静かなのに、こんなにも気配がするなんて。

「フィリア、どうしたんだ?」
「えっと……本当にここに入るの?」

 怖気づいている自分を見て、ヴェントゥスが首を傾げる。

「もしかして、怖いのか?」
「だ、だって! おばけとか出てきそうで……」

 半泣きの声で訴えたのに、ヴェントゥスはくすりと笑った。

「俺がいるからだいじょうぶ。ほら、行くよ」
「う、うぅっ……」

 ヴェントゥスにしっかりと片手を掴まれ城の中へと引かれてゆく。本当は入りたくないけれど、テラに会うため覚悟を決めるしかないようだ。
 「絶対に離さないでね」と縋るように頼み込むと「わかった」とまた笑われた。










 疑問も不安も城に入るとすぐに消えた。気配の正体は生きた人で、静寂であった理由は城じゅうの者が眠ってしまっているせいだった。
 テラの手がかりを得るため何人かに起きてもらおうと試みたが、誰ひとり目覚めない。仕方なく、フィリアはヴェントゥスと城の中をさ迷っていた。

「テラ、ここにもいないのか――

 城のほとんどを探索し終え、最後であろう長い廊下を歩いていた時ヴェントゥスが諦めたように呟いた。もうすぐこの廊下も終わってしまう。

「この部屋が最後みたい……ん?」

 突き当たりに見える大きな扉。その前にやってくると不思議な感覚に襲われた。何も感じていないらしいヴェントゥスがきょとんと顔をこちらに向ける。

「どうかした?」
「ここ、他と違う感じがするの」
「違う感じって……?」
「この感覚、いつかどこかで……うまく言えないけれど……」

 寂しくて、怖くて、悲しくて……どこか懐かしい感覚を言葉に表せないでいると、ヴェントゥスが扉の取っ手に手をかけた。

「とにかく、入ってみよう」

 そうっと扉を開き、光が絞られた薄暗い部屋に侵入する。上質な絨毯に豪華な家具。入り口のすぐ側に天蓋付きのベッドがあって、そこに若い女性が眠っていた。
 彼女を見て息を飲んだ――そのあまりの美しさと、まるで作り物のような空ろさに。

「……」

 おそるおそるヴェントゥスと彼女の側へ近寄った。呼吸はしている。しかし生きている感じがしない。もっとよく彼女を観察しようと覗きこんだとき、背後から叱り声が飛んできた。

「オーロラ姫から離れなさい!!」

 文字通り飛び上がって振り向けば、中年の女性が三人いた。それぞれが赤、青、緑の服に身を包み手に杖を握っている。警戒した視線を向けてくる彼女たちの背には小さな羽が――妖精だ。

「え? あ、ごめんなさい。綺麗な人だったからつい見とれちゃった」

 ヴェントゥスが照れ笑いを浮かべながら彼女たちに軽く謝る。

「あなたたちは誰?」

 見定めるように、赤い服を着た妖精がフィリアたちの周りをくるりと飛んだ。

「俺はヴェントゥス。みんなからはヴェンって呼ばれてる」
「私はフィリアです。はじめまして」

 名乗ると緑の服を着た妖精が柔和に笑んだ。

「どうやら悪い人たちじゃなさそうね。あなたたちからはオーロラ姫と同じ、純粋な光の心を感じるわ」
「オーロラ姫と同じ……?」

 その言葉に違和感を覚える。自分は彼女から何も感じない。

「オーロラ姫はなぜ眠っているの?」

 ヴェントゥスが質問すると、妖精たちは悲しげにオーロラを見た。

「魔女マレフィセントに呪われて、心を奪われてしまったの」

 赤い妖精の答えを聞き、自分がオーロラに感じ続けていたものはそのせいなのかと考える。心を奪うだなんて、なんて恐ろしいことをするのだろう。
 静かに眠り続けるオーロラを見てぞっとする。体はあるのに心がない――触れられるのにその人はそこに居ないだなんて、とても恐ろしいことに思えた。
 隣で腕を組みながら唸っていたヴェントゥスが、妖精たちに向かって言った。

「だったら、俺たちがその心を取り返してやるよ」
「無理よ! マレフィセントの住む魔の山には危険な罠がいっぱいなの」

 すぐに緑色の服の妖精が引き止める。声は震え、マレフィセントに怯えていた。心を奪うほどの力を持つ魔女……確かに恐ろしいが、心がなければオーロラは永遠に目覚めることができないだろう。

「だからって、オーロラ姫をこのままにしておいていいのか?」

 ヴェントゥスの更なる問いかけに妖精たちが言葉に詰まる。恐らく彼女たちが一番オーロラの心を取り返したいはずなのだ。

「俺たちを信じてよ。必ず力になるから!」
「うん。どんなに恐ろしい魔女が相手でも、力を合わせれば、きっと取り戻すことができるはずです」
「行こう、魔の山へ!」

 ヴェントゥスと共に説得すると、妖精たちの表情がきりりと変わる。決心したようだ。

「確かにあななたちの言うとおりね……あななたちの心を信じてみるわ。行きましょう、魔の山へ。魔の山は森を抜けた先にあるわ」

 森は城の橋を渡った先。早速フィリアたちは部屋から出て、まずは森へ向かって歩き出した。




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