ソラのキーブレードが光を放ち、鍵穴の中に吸い込まれてゆく。施錠の音と共に、先ほどまで近くに感じていた気配が遠のいて、わからなくなる。鍵穴が完全に消えたので、この世界の心はひとまず、安全だ。
ディスティニーアイランドの心は闇に見つかってしまったから、世界ごと奪われてしまった。他の世界でもそのようなことが起きている。守ることができたなら――守ることができるのなら。もうソラがキーブレードの勇者に選ばれたことで、傷つき辛い思いをすることに恨み言を思うよりも、支えて守って、助けになろうと思うようになれた。初めは駄々をこねてついてきたこんな自分を、ソラがこれからも仲間として共にいることを望んでくれたから。
「シドが待ってるんだっけ。一番街に寄って行こう」
ソラが一番街の扉を大きく開くと、すぐにシドの姿があった。石畳にブルーシートを敷いて、グミシップの材料となる素材たちに囲まれて、ごきげん顔で鼻歌を歌っている。
「おう、さっそく来やがったな!――って、おいおい、二番街がめちゃくちゃじゃねーか」
「鐘を鳴らしたら鍵穴が現れて、ハートレスと戦闘になってさ」
ソラが扉を閉じながらと答えると、シドはウッと言葉をつまらせて、「それなら仕方ねぇな……」と頭をかいた。
「ところで、何してるの?」
「いつものお店はどうしたの?」
「まるでグミブロック屋さんみたい」
ドナルドとグーフィーと共に問うと、シドは「まるでじゃないぜ」と鼻をこすった。
「見ての通り、オレの本業はグミブロック屋ってわけだ。おまえらのグミシップをいじってたら、なんかこう、ウズウズしてきてな。ま、おまえらには特別にまけとくから、よろしくたのむぜ!」
バシッと大きなグミブロックを叩きながら、シドはニカッと笑い、ソラにコメットグミを渡していた。
「なに、えんりょはいらねぇぜ。開店記念の景気づけってやつだ」
「ありがとう」
「チップとデールとも協力して、これからは俺もおまえたちを助けてやるからな!」
何かあったらすぐに言えよ! と胸を張るシド。大人が味方になってくれることは、とても嬉しいし、安心する。
なかでも、ドナルドは一番ホッとした表情をしていた。
「グミシップについては、僕には分からないことが多いから、助かるよ」
「グミブロックのことはオレにまかせな」
「あっ、じゃあさ――」
ソラが何事かをシドにごにょごにょ耳打ちする。するとシドは「おう、任せろ!」と気前よく親指を立てて、しばらく二人でコソコソと話し続けていた。
グミシップに乗り込む前に、もうひとつ、新しい出会いがあった。
シドがグミブロック屋を開店したのにアクセサリーショップも営業しているので、みんなで気になって中の様子を覗いたときである。
店主はどこかで会ったことがあるようなおじさんに変わっていて、シドは雇われ店長だったのかな、なんてドナルドが呟いた時だ。
黄色の帽子をかぶった小さな男の子が、店の床にうずくまっているのに気がついた。
「きみ、だいじょうぶ。どこか痛いの?」
「うん。ぼく、だいじょうぶだよ!」
元気なお返事があったが、彼は立ち上がろうとしない。本当にだいじょうぶかしら。思わずソラを見たとき、そのフードがもぞもぞ動いた。
「その声は」
いつも滅多に発言しないジミニーが、珍しく、ぴょんとソラの肩に乗って表にでてきた。
「ワォ、ピノキオじゃないか! ぼうや!」
「あれ? ジミニーだァ」
ジミニーが彼の前にピョンと飛び降り、ピノキオと呼ばれた子も、目の前の小さなジミニーを見て表情が明るくなる。
「まったく、こんなとこで何してんだい?」
「ん、かくれんぼだよ」
このピノキオ。てっきり人間かと思いきや、肌は木製、関節の繋ぎは金具で止められており、まるで人形のよう。ジミニーと知り合いなのだから、てっきりドナルドとグーフィーとも知り合いなのかと思って見れば、彼らはキョトンとした顔でジミニーたちの再会を眺めていた。
元気にケロッと笑っているピノキオに、ジミニーは目もとに皺をたくわえて微笑んだ。
「やれやれ! こっちは心配で夜も眠れなかったってのに。――ピノキオ!」
ジミニーが鼻が伸びたピノキオ見て飛び上がった。手品なの? それとも魔法? みんなも彼の鼻にポカンと口を開けて驚いている。
己の鼻を見て「あれ」と呟くピノキオ。ジミニーは何かを見抜いたようだった。
「ピノ!……本当にかくれんぼを?」
「うん!」
「じゃあ、これは何だ!」
ジミニーが指すピノキオの足元に、アクセサリー屋の商品が転がっていた。
「もらったんだよ!」
再び、鼻がニョキっと伸びる。ジミニーはカンカンだ。
「ピノキオ、嘘をついたな! 言ったはずだぞ、嘘をつくのは“よくないこと”なんだ。一度ついた嘘はどんどん大きくなって隠せなくなる。その鼻みたいにだ!」
ピノキオはしゅんとうつむきながら、ボソボソ言った。
「だって、欲しいものがあったらがまんすることないって……自分のものにすればいいって……」
「誰が教えたんだそんなこと! やっぱりこの私が良心として、教えてやらないとな!」
ジミニーから怒気が消えたのを察し、ピノキオがパッと笑顔に戻る。
「そうだジミニー、君は僕の良心だったね! ジミニーがいれば、もう嘘はつかないよ」
彼が誓うとまた鼻が輝き、初めて会ったときと同じサイズへと戻った。ジミニーはウンウン頷く。
「正しいことをして、きっと本物の男の子になるってゼペットじいさんと約束したじゃないか」
「お父さん!? 」
ピノキオが表情を変え、ジミニーにつめよった。
「お父さん、どこ?」
「一緒じゃないのかい?」
「よし、ジミニー。お父さんを探しに行こうよ!」
もしかして、彼の世界もまた闇に落ちてしまったのだろうか。ジミニーは何も言わないから知らなかった。
ジミニーはまたもやピョーンと飛び上がって、ピノキオに訴えた。
「待った、待った! 外は危険と誘惑がいっぱいだ。ピノキオはここで待ってなさい。私がゼペットじいさんを見つけるから――ごらん。彼らも私に協力してくれているんだ」
彼にしては珍しく口を挟まず見ていたソラが、突然、指されてギョッとする。ピノキオは改めてこちらを見上げ、ふぅんと生返事した。
ジミニーがいつものように、ソラの肩からフードへ戻ってゆく。ただし、今回ばかりはまるで一行のリーダーみたいな表情をしていた。ピノキオの前ではいい恰好をしたいのだろう。
「それじゃ行こうかね、ソラ」
「チェッ、勝手に決めちゃって……」
文句は言えど、ソラはやっぱり断らない。こうして、ソラの探し物がまたひとつ増えたのだった。
グミシップに戻ってくるなり、ソラがまっすぐに操縦席に腰掛けた。グワッ!? とくちばしをあけるドナルド。グーフィーが指で頭をポリポリかく。
「ソラ、操縦できるの?」
「さっきシドから教えてもらったんだ」
脳裏に、内緒話をしていたソラとシドの姿や表情の変化を思い出す。白い歯をキラッとさせイイ笑顔を浮かべていたシド……。
『なぁシド。グミシップの運転について教えてくれよ』
『おう、任せろ! ついでに組み立て方も覚えていきな』
「諦めていなかったのか……」
ドナルドが苦虫を噛みつぶしたような表情で呟いた。
ソラはスムーズにボタンやレバーを操作し、あっという間にグミシップを起動させる。
「これからは俺が操縦するよ!」
笑顔で振り向いた青い瞳はキラキラしていて、新しい世界への期待に満ち溢れていた。
大切なものを捜す旅。世界を救う旅。ハートレスと戦う旅。そんな重荷など感じさせないほどにまっすぐで明るいソラ。自分に、彼の笑顔をずっと守ることができるだろうか。
「早く座って! 次の世界へ出発〜!」
シートベルトをする間もなく、グミシップが動き出す。ドナルドより大胆な操縦で、次なる世界を目指す旅が始まった。
★ To be continue... ★
2020.08.19
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