探索時間はとても短かった。憩いの場である噴水の背景の壁画が不思議な光を纏う大きな鍵穴に変わっていた。レオンたちが言っていた、世界の心の鍵穴だ。鐘を鳴らしたことで現れたのだろうか。
 鍵穴は閉じるもの。当たり前のようにキーブレードを呼び出したとき、頭上から気配がした。横でぼうっと鍵穴を見つめていたフィリアの腕をぐいっと引き寄せて腕に収め、地を揺らすほど大胆に空から落ちてきた巨大ハートレスの衝撃に受け身をとった。
 ドナルドとグーフィーと始めて会った時に戦ったガードアーマーだった。巨大なロボットみたいな姿をしたそれは、前と同じようにこちらへ単調な攻撃をしかけてくる。

「パーツをひとつずつ壊そう!」

 簡単に避けられる大振りな攻撃は恐れることはない。対峙したことのないフィリアにだけ気をつけてあげながら順調に殴っていると、腕を一つ破壊したところで様子が変わった。とはいっても、手足のパーツは一が手と足逆にひっくり返っただけである。
 ドナルドが杖を振り上げて叫んだ。

「変形したぞ!」
「どう変わろうと、倒し方は一緒だろ?」
「ひょっとして、強くなったのかなぁ?」


 グーフィーの読みは当たっていた。パワーが違っていたのだ。足だった腕のパンチから身を守ろうとして、予想以上の力に負けて地面を転がるはめとなった。

「ソラ!」
「いって〜……大丈夫!」

 本当は尻がまだジンジンしていたけれど、呼んできたフィリアの心配を和らげたくてなんともないフリをする。キーブレードから氷の魔法を何度か連発し、引っ掻こうとしてきた片足をポシュンと消滅させることができた。
 一方で、フィリアとドナルド、グーフィーも協力して、もうひとつの足も片付ける。

「フィリア、避けろ!」

 フィリアが腕と胴体が連携して突っ込んでくるヘッドウィングをギリギリで避けたところ、洋服屋のショーウィンドウが大きな音を立てて木っ端みじんになっていた。いつも閉じているこの店に主人がいるかは分からないが、気の毒なほど、店内も滅茶苦茶になっている。

「二番街に誰もいなくてよかった……」

 フィリアに同意する。もし一般人がいたら守る自信がないほどに、このハートレス――オポジットアーマーは二番街を破壊していた。
 大暴れするオポジッとアーマーから逃げ回り、やっと腕も破壊する。これで先ほどのヘッドウィングもできなくなるはず。けれど、以前は高速回転する頭と胴体に追い詰められたことがあったから気をつけなくちゃ……と思っていたら、オポジットアーマーがふわ〜っと宙に浮かんだ。あれ、回転しないの? なんて、みんなで目をパチパチさせていると、胴体の先端にぐんぐん光が集まってきて、光の弾がバズーカーのように発射される。バンッ! と破裂するような音がするそれは幸い誰にも当たらなかったが、石畳の床にボコッと半円の窪みができた。当たったらかなりマズイ。

「みんな、避けろ〜!」

 ドンドン連射されるため、みんなバラバラに逃げ回った。壁がベコベコに砕かれ、ベンチの残骸が粉砕され、土埃が舞って目に痛い。後でレオンやシドがこのニ番街を見たら見たら怒りそうだ。
 グーフィーを追いかけているオポジットアーマーへ、フィリアが雷の魔法を唱えると、次は彼女が狙われた。また上手く避けるかもしれないが、心配でオポジットアーマーに斬りかかる。すると気配を察したのか、バズーカー発射直前にオポジットアーマーがクルッとこちらを向き、弾を放ってきた。ソラ、とドナルドの呼び声がする。トリックマスターの炎のように撃ち返すには角度が良くないが、退くとあいつはまたフィリアを襲う。一撃でもくらったら腕や足がちぎれ飛ぶかもしれない。一瞬で様々な考えがよぎった。
 猛獣の唸り声が聞こえたのはその瞬間である。持っていたペンダントが輝き、熱くなったと気づいたときには、光の弾は消え失せて、彼がそこにいた。
 若々しい力に満ちた、美しい獅子だった。こちらを見つめる瞳には知性があり、勇気に溢れている。

「俺に力を――」

 皆まで言わなくとも、シンバは瞬きして応えてくれた。彼と自分の魔力が共鳴し、息を吸い込むように魔力をためて、溢れる寸前で解放する。ライオンの咆哮に変換された魔力の波動は凄まじく、衝撃派はあれほど大きなオポジットアーマーの動きさえしばし封じた。ガクガクと宙で揺れるオポジットアーマーの胴をキーブレードで切り裂くと、今度こそ大きなハートを解放して、オポジットアーマーは夜の空へ溶け消えていった。





「この子がシンバ……?」

 戦う相手がいなくなったため、魔法の光を煌かせてただ“在る”彼へ、フィリアがおずおずと手を伸ばした。シンバは嫌がる様子もなくその手を受ける。豊かなタテガミの毛並みがモフッと揺れ、そうっと撫でられ始めると、シンバは心地よさそうに目を閉じた。フィリアの瞳がパァッと輝く。

「助かったよ、ありがとう」

 自分もフィリアと同じように彼を撫でると、心だけの存在のはずなのに、確かに存在の手ざわりや質量がある。シンバはまるで「うん」と答えるように瞬きし、シャボンが消えるような音と共にペンダントへ戻っていった。

「頼もしい仲間が増えたな」
「代わりにボクたちの魔力がすごく吸われて、何もできなかったぞ……!」

 そういえば静かだと思った。シンバの召喚に魔力を吸われていたらしいドナルドとグーフィーはヘロヘロな様子で地面に座り込んでいた。

「私も、早くみんなのようになりたいな」

 フィリアがシンバの心のペンダントを見つめて呟く。なんだかその時、少し様子が違う気がして、目を見張って彼女を見た。瞳に迷いや怯えがなくて、先ほどリクがいなくなってベソをかいていた女の子と同一人物には思えないほどだ。

「それって、どういう意味?」
「私も、もっとソラの役にたてるようになりたい」
「今だって、十分助けてくれてるじゃないか」

 仲間が側にいてくれるだけで、どれだけ心強いことか。
 けれど、フィリアは納得いっていないのか、しょんぼり下を向いてしまった。

「それに、友達は役にたつとか、たたないとかじゃないだろ」
「けど私、足を引っ張ることが多いでしょ」
「フィリアには、フィリアにしかできないことをしてくれてるよ」

 別に、お世辞とか慰めのリップサービスのつもりもなかった。確かにフィリアは敵を一騎当千のごとく倒してくれるわけではないが、いつもいいタイミングで補助魔法や回復魔法を飛ばしてくれるし、敵がフィリアに惹きつけられる妙な体質も、ハートレスに囲まれた際に作戦がたてやすいという見方もできる。
 ドナルドとグーフィーだって、フィリアが役立たずだなんて発言や態度をしたことがない。だから、どうしていまフィリアが己を貶めるような言葉を言っているのか分からなかった。

「よくわからないけど、変な遠慮とか言いっこナシ! 俺ひとりじゃ、世界を救うなんてきっと無理だからさ」
「ソラが、必要としてくれるなら……」

 じわじわフィリアの頬が赤くなっていく。

「私でよければ、ソラをひとりにしないように、側にいるね」

 フィリアがにこっと微笑んだので、こちらもつられて赤面した。フィリアの背景に花畑が見えたかと錯覚するほどに、その笑顔はとても可愛かった。




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