ドナルドがソラへそろそろ行こうと言った時、止める声があった。マーリンがこちらへ手招きしていた。
「ソラ。魔法のレッスンをしていくといい」
「え? まぁ、いいか。そうするよ」
「その間、フィリアはワシとこっちへおいで」
「えっ、でも……」
「なぁに、すぐに済む」
言われるがまま、ソラたちはレッスンのための部屋へ向かい、自分だけ紅茶をもう一杯出され、テーブルに残された。よく知らない大人と面と向かって話すというのはひどく緊張するもので、身体がカチコチになったような錯覚がする。
「あの……」
何か叱られることでもしただろうか。思わずお守りをぎゅうと握りしめ、マーリンが飲んでいる紅茶のティーカップが置かれるのを待つ。
「そう緊張しなくても大丈夫じゃ」
穏やかに微笑んで、マーリンは言った。
「フィリア。おまえさんはハートレスによく狙われておるじゃろう」
まるで天気を話すような口調で切り出された話題にドキリとする。言葉で答えなくても、こちらの表情で分かったらしい。マーリンは髭を撫でながら、またしばらく考えているような間があった。
「そうだな……地面に落とした菓子にアリが集まるように、フィリアの心に宿る気配にハートレスが惹かれておるのかもしれん」
「それは、私の心が……闇だから?」
心の闇がハートレスを引き寄せると聞いた。マーリンはいいや、と否定する。
「そうではない。おまえさんは闇の住人ではないだろう」
「どうしたら、ハートレスに狙われなくなるの?」
「それは、ワシにもわからん」
マーリンほどの人物にも分からないのであれば、もう誰にも分からないのではないだろうか。改めて、闇の魔物を引き寄せる自身が不気味かつ不思議でたまらなく、とても悲しくて嫌悪感がこみあげた。
しばしの沈黙。上の階からソラたちがワイワイ魔法の訓練をしてる声や足音が響いてくる。
「確かに、おまえさんの体質の根本的な解決方法は、ワシにもわからん。じゃがな……」
区切られた言葉に顔をあげる。マーリンはこちらの瞳を覗きこむような、試すような目つきをしていた。
「ハートレスにも、闇の住人にも見つからない場所におまえさんを隠してやることはできる。時が止まっていて、誰にも見つからない、どこよりも安全な場所じゃ。ワシが保証する」
えっ、と口から言葉がこぼれる。世界がこんな状況の中、今更ハートレスから逃れられる場所を紹介されるなんて、夢にも思っていなかった。
しかし、どこかホッとしたのは束の間だった。
「ソラが世界を闇から救うまで、そこに隠れていればいい」
自分には逃げ場があっても、ソラにはない。確かに闇は怖いけれど、ソラが戦っている間、自分だけぬくぬくと安全な場所にいるなんて。
どうじゃ? と問われ、無言で首を横に振った。もしソラがこの場にいたら、そこに居ることを勧めたかもしれない。
「私、ソラと一緒に行きたい」
どんなに怖くても、恐ろしい闇に狙われても、ソラから離れることが一番耐え難く、辛い。マーリンは、そうか、と深く頷いた。
「闇からかくまってほしくなったら、いつでもおいで」
絶対に選ばないだろうけれど、逃げられる場所がある優しさは嬉しい。
頷いて、ソラたちのところへ行こうとすると、まだ話は終わってはおらんと引き留められた。
「これから先、闇との闘いは激化してゆくじゃろう。守られるだけならば、元から安全な場所にいるほうが、ソラのためでもある」
足手まといはいらない。耳に痛い話だが、自分でも痛感していた。もし自分をかばってソラに取り返しのつかないことでも起きたら、自分は、自分が許せなくなるだろう。
はい、と凹みながら答えると、マーリンの雰囲気が和らいだ。
「危険な旅について行くだけが、本当の友情なのではないぞ。フィリアはキーブレードの勇者ではないし、この旅も、フィリアの使命ではない。旅人を待ち、帰るべき場所となることで、彼らに寄り添う方法もあるのじゃ」
安全な場所で待つことだって、恥でも逃げでも、ましてや役立たずでもないことを忘れないようにと言われて、この話は終いとなった。
魔法で浮かべた床板に乗り、ソラたちのいる魔法のレッスン場へ向かう中、考える。
ドナルドは、故郷に恋人のデイジーを待たせている。毎日、彼女を想い、いつかこの苦難の旅を終えて彼女の元へ帰ることを目標に戦っている。
今までは、一番安全な場所がソラの側だったから一緒にいられた。けれどもう、側にいたいというワガママでは許されない。ハートレスに狙われている身でありながら、ソラの旅について行く覚悟が問われていた。
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