戻ってきたトラヴァースタウンの一番街は、特に変わったところなく、また新たに流れ着いた人たちが下を向いてたたずんでいた。
味方がいると分かっている世界は、知らない世界を冒険するより、よほど安心するもので、気楽な足取りで一番街を進んでいた。
「あ、帰ってきたんだね!」
奇妙なポストの横に立ちすくんでいたユフィが声を弾ませて挨拶してきた。
「どう、外の世界は。友達には会えた?」
カイリによく似た髪型のユフィは、笑い方もなんとなく彼女に似ていている。
「まぁ、いろいろあったよ。ちょっと聞きたいことがあって、レオンに会いたいんだけど」
「レオン? レオンだったら地下洞窟で剣の練習でもしてるんじゃない?」
「どこ? そこ」
「裏通りの水路、あれって地下洞窟につながってるんだよね。誰もいないから、レオンはよくそこに行ってるんだ 。人に訓練を見られるのが恥ずかしいみたい」
ユフィは「じゃあ用事があるからまたあとでね」なんて、さっさと人並みの中へ消えていった。
「それじゃあ、レオンのところへ行こう」
「裏通りの水路って、どこにあるの?」
フィリアがきょとんとした顔で聞いてきたので、二番街の宿屋の裏だと説明する。ハートレスに襲撃されて、レオンと窓から逃げたのが、ちょっと前のことであるのに懐かしい。
「ついでに、ちょっと寄りたいところがあるんだけど」
ドナルドがおっほんと咳払いをした。
「なに?」
「子犬たちの家さ。僕たちが助けてきた子犬たちが、ちゃんと帰ってきているのか確かめたいんだ」
「うん、私も会いたい!」
旅ではしょっちゅう怖がったり、不安がったりしていたようなので、フィリアがキャッキャとはしゃぐ姿を見ると嬉しい。
「じゃあ、後で寄ろうよ」
グーフィーが決定したタイミングで、ちょうどユフィの言っていた裏通りの水路へたどり着いた。水路の入口は鉄柵がとうせんぼしていたが、よくよく調べると古く、外れるようだった。
「フィリアは、離れてて」
ドナルドとグーフィーと協力して、次々鉄柵にタックルすると、狙い通り鉄棒はカランと外れた。
よしよし、先へ進もうと手招きすると、フィリアは「必殺技みたいだね」と拗ねた声で感想を言っていた。
地下洞窟の中は床から壁から天井から、すべてが岩で作られているためとても静かで、涼しかった。一本道を進めば、ふぉん、と空気を斬るような音が聞こえてきたのでそちらへ向かう。
ユフィの言う通り、レオンがいた。エアリスも一緒である。剣の素振りをしているレオンの様子を見守っていた。
水路の水位が深く、ぷかぷか泳いで近寄ると、レオンがアッと口を開いた。
「やあ、久しぶり」
水面から手をあげ、軽く挨拶すると、レオンはハッと唇を引き締めていた。レオンはもっと笑えばいいのに。まあ、爽やかな笑顔と共に「やあ、ソラ」なんて言われたほうが心配になるけれど。
「外の世界はどうだった?」
剣を置き、レオンが汗をぬぐった。水路から上がって、彼の側に立つ。水に濡れた服はドナルドが杖を振るだけでパンツまですっかり乾燥してしまった。魔法とは便利なものである。
「どこもかしこも、ハートレスだらけだったよ」
「まあ、そうだろうな」
「リクもカイリも見つけられなかった」
「まだ旅は始まったばかりだろう。つらいだろうが、諦めるな」
「おう」
フィリアがエアリスと少し話して、こちらに来る。レオンに対して緊張しているのか、じっと様子をうかがっていた。
「何か分からないこととか、困ったことがあれば、なんでも言ってみて」
エアリスのほほえみは、なんでも見透かしているように感じた。
「ソラ。キーブレードが妙な鍵穴を閉じちゃってる話もしておいたほうがいいんじゃない?」
ドナルドが自分の羽毛を乾かしながら言った。そういえば、忘れていた。
「妙な鍵穴――?」
「ドアノブの口の中だったり、ゴリラの巣にある木だったりするんだけど」
輝く鍵穴が現れると、キーブレードがひとりでに動くことを可能な限り具体的に説明した。レオンとエアリスは一度顔を見合わせて、頷きあった。レオンが腕を組む。
「そうか……鍵穴を見つけたか」
「キーブレードが勝手に閉じちゃったんだ」
「それで、いいのよ」
エアリスに促され、レオンが説明をはじめた。
「星の海に浮かぶいくつかの世界には、それぞれ鍵穴があるはずだ。その鍵穴は世界の中心に続いているらしい。おそらく、この街にもあるだろう」
「なんだそれ」
世界の中心? 中心にあるものはなんだ?
エアリスが詳しくはわからない、と答える。
「アンセムさんのレポートに書いてあったの」
アンセム。だれだっけ。確か、ハートレスの研究をしていた人だっけ。
「その鍵穴からハートレスが入り込んで、世界の中心に何か影響を与える」
「影響……って、どうなるんだ?」
「最後には世界が無くなっちゃうって」
仲間みんなで「えっ!?」と叫んだ。世界がなくなったら、住んでる人たちも消えてしまう。
「だから、ソラ」
レオンが頷く。エアリスも、胸に手をあてた。
「お願い。鍵を閉じて。あなたにしか出来ない」
自分にしかできないこと。改めてこの言葉をかみしめると不安になった。闇の魔物は自分の想像をはるかに超えて、ありとあらゆる手を尽くして世界を飲みこもうとしているのだ。
「俺……だいじょうぶかな」
いままで、特になんの取り柄もないと言われていたし、自分でもちょっと思っていた。リクのようにずば抜けて賢くも、強くもないし。そんな自分に世界と人々を守り、救えるのだろうか。
ソラ、とレオンが肩に手を置いてきた。
「おまえにとって世界をめぐることは、決して無駄ではないはずだ」
「そうだよ!」
「ともだちや王様を捜さなくちゃ!」
ドナルドとグーフィーも恐れなき声で言った。ひとりじゃない。助けてくれる人たちがいる。
「たしかに……そうだな」
先ほどからひとり黙っているフィリアを見た。彼女は何か言いたげな表情をしているものの、唇を固く閉じ、瞳が水面のようにゆらゆらと揺れていた。
フィリアがハートレスに狙われている問題もあったことを思い出す。彼女が安心して暮らすためには、世界を救ってハートレスを追い払うしかないだろう。
「俺、やる!」
決意新たに、グッと拳を握った。周囲の人がにっこりしてくれるのは嬉しかった。
ポケットにしまっていた存在を思い出し、レオンを呼ぶ。
「あのさ、レオン。このグミブロック、なんだか他のと違うみたいなんだけど、何か知らない?」
レオンはちらっと見たが、黙っている。エアリスも覗きこんできて、眉を下げた。
「シドさんに聞けばいいよ、きっと」
「シドに?」
「ソラがキーブレードの勇者だって分かれば、きっと手を貸してくれるから」
「分かった」
それにしても、どうやらレオンは、分からないことになると黙りこくってしまうらしい。クールな男のカワイイ一面にニヤニヤしていると、レオンがポケットを探りだした。
「そうだ、ソラ。これを持って行け」
手渡されたのは、掌くらいの丸い石に紐を繋いだペンダントだった。大地のかがやきというらしい。
「この石は強い力を秘めているらしい。お守りがわりに持っていたんだが、おまえにあずけておく」
「どうやって使うんだ? あの、レオン……?」
自分から渡してきたくせに、レオンはまた黙ってしまった。
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