戦いが終わって、誰もが黙っていた。ジャングルの遠くで鳥が鳴く声が聞こえる。散っていたゴリラたちが、戦いの終わりを察し、おそるおそる戻ってきていた。
遠巻きにこちらの様子を見つめるゴリラたちの中から、カーチャックとメスのゴリラが代表してこちらへと近づいてきた。
目の前で見ると、野生のゴリラは本当に大きくて、強烈な獣のにおいがした。毛並みからは熱を感じ、キラキラとした瞳をしている。
カーチャックは、まずソラの胸元を掴んだ。声を発する暇もない。彼はソラを木の枝を投げるかのように、奥にあった小高い崖道の上へ放り投げた。続けてドナルド、グーフィー、自分も同じめにあった。ついでに、テントまでの戻り道では先頭きって走っていたが、戦闘中はどこかへ隠れていたジェーンまできっちり同じ高さで投げられた。多少手荒ではあったものの、誰もケガをしなかったのは不思議である。
ターザンだけは、自力で崖に生える草木を掴んで登ってきた。登り切る直前に、目だけでカーチャックと会話しているようだった。カーチャックはゆっくりとジャングルの奥へ去ってゆき、他のゴリラたちもそれについてゆく。(タークだけはジェーンを追いかけてこちらへ来ていた。)きっと彼らにはもう会えないだろうなと思うと急に名残惜しくなって、ゴリラたちがジャングルに入りきるまで、その後ろ姿を見送った。彼らからは、もう初めて会った時のような警戒や嫌悪を一切感じなかった。悲しいことがあった分、救われた気分だった。
さて、崖路から見えたのは、ジャングルの奥地からは想像もできなかった、滝が流れ落ちる美しい湖だった。こんな景色があるなんて。ぼうっと眺めているとターザンが静かに言った。
「ターザンのイエ」
「ここがゴリラの巣なの? ターザン」
問うジェーンへ、ターザンがついて来いという顔で、ゴリラのように四つ足姿で歩き出す。
「リクとカイリがここに……?」
「王様も!」
いろんなことが起こって忘れかけていたが、当初の目的を思い出し、みんなぱっと笑顔になった。「行こう!」と元気よく駆けだすソラを追いかけて、わいわい走り出す。滝の裏にあった水に濡れて滑る崖路も、会いたい人の前では苦ではなかった。
「ターザン、どこまで登ればいいの?」
初めはテンション高く登っていた崖であるが、長すぎてへとへとになってきて、グーフィーが訊ねてくれた。ターザンは身振りでもうちょっと先のところを示した。息を整えてそこを目指す。
ついに登り道が終わり、薄暗い洞窟の奥へ進む。そこには一本の大樹があった。根本付近に青色の輝きが集っている、なんとも幻想的な場所だった。
「※&&×%」
ターザンが光を見つめ、あの単語を言う。
「ここが? じゃあ――」
言いかけたソラを制し、ターザンが耳を澄ませるよう指示をしてくる。天井は吹き抜けになっており、岩壁に囲まれた空洞の中で滝から響いてくる水音や振動が響きあって、柔らかい音色となって届いてくる。
「あれぇ?」
「滝の音――滝の音が反響しているんだわ――」
グーフィーに答え、ジェーンが心地よさそうに目を伏せる。
「※&&×%――ともだち、いる。ともだち、あえる」
「そうか、『※&&×%』って“こころ”のことね? 心の中の友達――」
「こ・こ・ろ――」
ジェーンの単語を、ターザンが復唱する。
心の中の友達――。
なぜか、ツキツキと心に痛む言葉だった。記憶を失くしているせいだろうか。
ところで、ここにはリクもカイリもいない。ソラはがっかりと肩を落とした。
「なんだよ、そういうことか――」
「ともだち、こころ同じ。クレイトン、こころ、なくした。こころない。ともだち、みえない。こころない。ひとりぼっち」
自分は友だちはおろか、過去のことを何ひとつ覚えていなかった。記憶を失くしたことは、心を失くしたことと同義なのか。いまは新しい友達ができたが、いまの自分は過去の自分とは別人である――。
視線をさまよわせ、最後にソラを見た。ディスティニーアイランドへ流れ着き、彼をひと目見たとき、なぜか強烈に胸が熱くなったことを覚えている。
ターザンの言葉を聞いて、ソラとドナルドが気まずそうな、照れくさそうな顔をして向き合った。ぽりぽり頬を指でかきながら、先に口を開いたのはソラだった。
「勝手言ってゴメンな」
「悪かった」
グミシップでのケンカも、これできちんと仲直り。グーフィーが長い腕を伸ばして、自分まで巻き込んで二人を抱いた。
「僕ら仲間だもんね!」
ターザン、ジェーン、タークも一緒に笑った。
そうしていると、風が吹いたせいだろうか。木に宿っていた青い光がうごめいた。木から好む蜜でも出ているのか、一点に密集している青い蝶々の羽が、空から降りそそぐ太陽光を反射していたようだった。興味をもち、ソラと共に近づくと、蝶々が飛ぶ。そのうちの一羽が髪にリボンのように止まって、嬉しくなった。
「鍵穴だ」
蝶々の群れが覆い隠していたらしい。アリスの世界のドアノブの口の中にあったものと同じ気配を宿す鍵穴が、青い光の場所にあった。
導かれるように、自然な仕草でソラがキーブレードを構える。あの時と同じようにキーブレードの先から鍵穴へと光が伸びて、施錠の音と共に鍵穴は消え去った。
鍵穴が消える直前、何かがポロリと落ちた。グミブロックだ。
ドナルドが拾い上げ、うつむいた。
「グミだ」
「王様のじゃないんだね――」
グーフィーが慰めるようにドナルドの背を撫でようとして、その前にタークがドナルドに身体を摺り寄せる。えっ、とドナルドが目を丸くした。
くす、とジェーンが笑む。
「ドナルドが気に入ったみたいね、“彼女”」
「グワッ!?」
珍しい。ドナルドが弱りきった顔でタークから後ずさった。
「ダ、ダメ! デイジーに叱られる!」
しかし、タークには人間語が通じないため、テントまで戻る間、ドナルドはずっとタークにイチャイチャべったり懐かれていた。
原作沿い目次 / トップページ