「クレイトンさんがついてるなら大丈夫だと思うけど、気をつけてね」

 ジェーンは残るというので、彼女以外の面子でカーチャックへ会いに行くことにした。
 テントの出入り口の布をめくったとき、ぐるるる、と唸り声がする。テント出口正面の木箱の山の上にいるサボーが舌なめずりしてこちらを見ていた。

「また、あいつだ!」

 一番にターザン、続いてソラが武器を構えて飛びかかってきたサボーと交戦する。顔を槍の先で切り裂かれ、ギャウ! と鳴くも、しつこくこちらを食い殺そうと翻弄してくる。はじめてサボーに会ったドナルドとグーフィーは、生臭い牙を向けてくる獰猛なヒョウに仰天していていたが、冷静な瞳のまま戦闘体勢に移っていた。牙をむき出しに襲いかかってくる、身の丈よりも大きな獣相手に、今度のソラは全く恐れていないようで、積極的に斬りかかっていた。対してこちらはというと、サボーは素早いし、魔法がソラたちに当たりそうで何もできていない。

「ドナルド、こんな時はどうしたらいいの?」
「僕の動きをよく見ていて」

 サボーの動きを警戒しながら、おほんと杖を構えるドナルドを見つめる。

「ファイア!」

 サボーが跳躍した時に、ドナルドが唱えた。炎はサボーの着地点近くに飛んで、そのままサボーを追尾する。それはいつものファイアより小さめだがスピードがあり、ソラに当たりそうになると直前で消え失せたり逸れたりして、サボーに当たるとキチンと爆発して毛皮に丸いハゲをつくった。

「放った魔法を最後まで見つめて。魔法の結果まで想像して操るんだ」

 なるほど、魔法を生み出す想像力はそんなところも操れるらしい。
 さっそく己で試そうとした時には、すでにサボーはソラたちにしこたま殴られて逃げ腰になっていた。竹藪の中へ滑り込んだ後ろ姿を狙いクレイトンが銃を撃つも、気配は遠ざかるばかり。ジャングルじゅうに響き渡った銃声に、驚いた鳥たちがギャアギャア騒いで飛び立っていた。魔法にはない火薬のにおいを漂わせながら、舌打ちをしたクレイトンがゆっくりライフルの構えを解く。

「逃がしたか」
「サボー、またくる」

 こちらはこんなに人数がいるし、武器や魔法で抵抗しているのに、まだ狙われることに恐怖もあったし、うんざりもした。そんなにおいしそうに見えるのだろうか……ドナルドなら、おいしそうかもしれないけれど。

「それで、カーチャックはどこにいるんだ?」

 クレイトンが訊ねると、ターザンがジャングルに漂う臭いを嗅いだ。樹上の家からテントへ向かった時はそれほど気にならなかったが、ジャングルの中は独特の草や獣の様々な臭いがしていた。正直、心地よい類のものではない。

「カーチャック、こっち」

 察知したターザンが、早足に進んでゆく。ピンクのカバがプカプカ浮いてる沼を横切り、そのまま彼が道ではなく、つるを掴んで木を登り始めると、クレイトンが「おいおい」と足をとめて髭を撫でた。

「俺は木登りなんてごめんだね。ここからは別行動だ」

 あれほどゴリラの巣に固執していた割にはあっさりと、「じゃあな」とライフルを肩に担ぎ、クレイトンはどこかへ行ってしまった。ここにいる誰にも――仲間であるジェーンにすら、きっと心を開いていない人。ドナルドたちとの再会を助けてくれた人でもある。ほぼクレイトンの目つきと態度から受けた直感による不安であるため口にはできないが、胸につっかかるものを感じていた。
 ターザンを追いかけて、なるべく太いツルを選びながら、身体の小さな順から木を登る。ドナルドの次は自分。すぐ下にいるソラは、絶対上を見ないから、と言っていた。
 輝く緑に包まれた木の上には鳥や虫たちがたくさんいて、こちらが顔をのぞかせると避けるように散ってゆく。
 ターザンがもっと高いところにある枝を見上げた。大きなオスのゴリラと、それに寄り添うメスのゴリラがいた。彼らは逃げず、じっとターザンを見つめている。

「カーチャック」

 ターザンが理解できない言葉、おそらくゴリラ語でオスのゴリラに話しかける。ターザンの恐れと緊張を孕んだ表情から、ターザンとカーチャックは仲間であっても、親しい間柄ではないように感じた。

「何て言ってるの?」
「さぁ――」

 ターザンのゴリラ語の説得が続くなか、グーフィーとドナルドがぽそぽそ話す。

「カーチャック」

 すがるような声音でターザンがいま一度カーチャックへ頼みこむも、カーチャックはふいと上を見上げ、去ってしまった。うなだれたターザンにかける言葉が見つからない。
 言葉は通じなくても、カーチャックのこちらを見る目は警戒と不信に満ちていたのは十分に伝わってきた。こちらに近寄りもしない野生動物である彼の信頼をすぐに勝ち取るのは難しいだろう。リクやカイリ、王様がもし彼らの住処にいるのなら、あのカーチャックに認められているということになる。そんなことありえるのかと思った時、疑いが生まれた。――本当にゴリラの巣を暴く必要などあるのだろうか。

「何か気にしてたみたいだったね」

 グーフィーがカーチャックが見つめていた方向へ顔を向け、つられてソラとドナルドもそちらを向いた。緑と合間にある青空ばかりで何も見えない。
 世界は広い。ゴリラの巣にリクとカイリがいる可能性がほんの少しでもあるなら、やはり行くべきだ。たとえアリスのような残念な結果が待っていようとも、それはそれで手がかりになる。

「樹上の家のほうを見ていたようだけど――?」
「行ってみよう」

 ソラが相談もなしに駆けだしたので、ドナルドが少し顔をしかめていたが、特に文句はいわずについてくる。
 ターザンの案内に従い、とても高い枝からぶら下がっているたくさんのツタを使って、ジャングルの宙を移動してゆく。もし落ちたらどうなるのだろうと想像すると怖くて、楽しそうにピョンピョン跳んで行くソラたちを必死に追った。
 なんとか樹上の家にたどり着いて、家の中に入ろうと窓の側を通った時、聞いたことのある音がした。ライフルを構える音だ。室内に小さなゴリラが一頭いて、地球儀で遊んでいるところをクレイトンが銃で狙っている場面が目に飛び込んできた。

「ねぇ、あれ、まさか――!」

 殺す気だ。
 一番早くにドナルドが駆けて、クレイトンに向けて大声を出した。不意をつかれた拍子にライフルが発射され、壁に鋭く穴をあける。狙われていたゴリラが音に飛び上がって逃げた先、家の屋根付近にカーチャックがいた。カーチャックはじっとターザンを見たあと、ゆっくり背を向けて去ってく。
 これで、完全にカーチャックの信用を失った。気まずい雰囲気になって、誰もが尻もちをついたままのクレイトンにがっかりした視線を送った。

「ご、誤解しないでくれよ。俺はただ――」

 冷や汗を流したクレイトンが薄笑いする。

「そう、あのゴリラの足元にヘビがいたんだ。むしろ、あいつを助けてやったんだよ」

 ヘビなど一匹もいなかったが、もう誰も彼に言葉をかけない。
 どう改善するべきか分からない。最悪な結果となってしまった。

「仕方ない。一度テントに戻って、ジェーンに話そう」

 ソラの意見に従って、みんなですごすごテントへ戻る。帰り道の最中にもクレイトンがああだこうだと言い訳してきたので、ドナルドが黙ってと怒鳴りつけていた。




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