半泣きでソラにしがみついて、なだらかな大木を滑り、ジャングルを下へ下へと降りて行くと、たくさんの木箱が山のように積まれた広場にたどり着いた。それだけではない。クロスが敷かれたテーブル、柱時計、おおよそ家の中に入れるべき家具が地面の上に野ざらしで置かれている。奇妙だが文明的な場所で、初めにたどり着いた木の小屋よりは人の気配が残っていた。
「ここにリクとカイリがいるの?」
あの二人がジャングルの木の上でツタにぶら下がり生活していたらどうしよう……などとこっそり心配していたが、ここにいるのなら安心だ。
まるで本当の野生動物のように四つ足で歩くターザンが、遠慮も警戒もなく大きなテントの中へ入ってゆく。
「ジェーン!」
「ターザン」
ターザンに呼ばれ、名を呼び返しながらくるんと振り返った若い女性は、薄いキャミソールと布を巻きつけたようなスカートという、ずいぶんとラフな恰好をしていた。彼女は突然現れたこちらに気づくと、好奇心に輝く大きな瞳をパチパチと瞬かせながら愛嬌のある笑顔を見せた。ターザン以外の、言葉がしっかり通じる人間に出会えてやっと安堵できたものの、テントの中には彼女だけで、残念ながら、リクもカイリも見当たらない。
「あら、あなたたちは?」
「こんちは、あの俺――」
「まあ、言葉は分かるのね?」
ソラの言葉をさえぎって、彼女はペラペラと憶測を述べはじめた。
「てことはターザンの“家族”じゃないし――あなたたちもゴリラの調査に?」
ゴリラの調査?
おおよそ想像もしてなかった質問にソラときょときょと視線を交わしていると、「それも違うようだ」と聞いたことのない男の声が彼女に答えた。
ドカドカと連れ立って現れたのは、まず大きなライフルを握りしめた中年のヒゲ男、そしてドナルドとグーフィー。
「ソラ! フィリア!」
「グーフィー! ドナルド!」
ソラはドナルドと、自分はグーフィーと手を取り合って再会を喜んだ。しかし、あちらのペアはすぐにケンカしてたことを思い出し、パッと手を放すと腕を組んでフン! と顔を背け合ってしまう。グーフィーと目くばせしあうも、仲直りさせるようないい言葉が浮かばない。一番言葉を知ってそうなジミニーは、たまにソラのフードの中からカリカリ記録をつけている音がすれど、だんまりだ。
「おかしな連中だ。ゴリラの捕獲には役立ちそうもない」
中年の男はライフルを大事そうに抱えてテントから出て行く。ジェーンは憤慨した様子で腕に腰を当て、去り行く彼の背中を睨みつけた。
「捕獲じゃなくて調査でしょ、クレイトンさん。学術的な調査よ」
クレイトンに言葉が届いていないことにわずかに落胆を見せながらも、ジェーンは笑顔を絶やさない。
「でも、にぎやかなのはいいことじゃない? みんなゆっくりしていってね」
ソラとドナルドが顔を背け合ったままなので、苦笑しつつ、ありがとうございますと彼女に伝える。
言っておくけど、と切り出したのはソラ。
「俺は残るぞ」
「僕は残るぞ」
え、とソラと共にドナルドをまじまじと見る。誰よりもこの世界から早く立ち去りたがると思っていたのに。
「僕らも見つけたんだ、手がかり」
グーフィーが大事そうに両手に抱えたものを見せる。橙色の四角い何か。とげのような突起らしき装飾がある。雰囲気は、ドアノブの世界で彼が口から出したモノに似ている。
「それは?」
「グミブロック。僕らの船はこのブロックでできているんだよ」
「王様がここにいるかもしれない」
グーフィーの説明に続き、ドナルドが声を小さくして言った。
くっついたりはなれたり、自在に形を変えるこのグミは、どの世界にもポロポロ落ちているものではないらしい。
「ということは――」
ソラの瞳がきらきらしている。ドナルドはツンとした態度を崩さず、しかしきっぱり言った。
「それがハッキリするまでは、ここに残ることにするよ。とりあえず、ね」
「フーン。じゃあ、それまでは一緒に行こう。とりあえず、ね」
からかうように笑うソラ。とりあえず、仲直りしてくれてよかったと胸をなでおろした。
ジェーンは小さな木箱にレンズを取り付けた機械をごきげんにいじっていた。
「ターザンはね、このジャングルでゴリラに育てられたらしいの」
そのひとことで、ターザンが猿みたいな仕草なのも、ゴリラを調べているらしいジェーンたちと縁があったのも理解する。
少しずつだけど、ターザンに言葉を教えているのよ、とジェーンは語る。
「まだ片言の会話だから、くわしいことはわからないんだけど――」
「そっか。さっきはゴリラの――」
ソラがターザンと交わした会話にあった、意味不明だった単語のことをジェーンに説明すると、彼女はふんふん頷いた。
「そう。友達を――」
「リクとカイリがいるって言ったんだ。ターザンが言ってた言葉の意味がわかればいいんだけど――」
しゅんとうなだれるソラに、ジェーンは同情するような表情を見せたあと、またパッと笑顔になって、あの木箱の機械に触れる。
「そういうことなら、これ使ってみる?」
カチッ、カチッ、と彼女の指に合わせ、機械から小気味よい音が鳴る。
「この映写機でいろいろなものをターザンに見せて、その言葉を探してみたらいいわ。あれ、スライドがない――キャンプがどこかにあるはずなんだけど――」
ということで、スライドを探すことになった。テントの真上など、信じられないところにあるものもあったが、一枚一枚丁寧に回収してゆく。
途中、箱をつなげて作られたテーブルに無造作に広げられたガラスの実験器具に興味を示していると、実験メモを見つけたソラが寄ってくる。
「フィリア、これを使うとポーションからエーテルが作れるんだって。やってみる?」
「やってみたい!」
早速、ソラが実験器具にポーションを流し込んでくれたので、指示どおり、おそるおそるブリザドを唱える。魔法の破壊力に実験器具が耐えきれるのかひやひやしたが、凍りついた器具から無事、しゅしゅしゅ、と音と共に反応が始まったので、ソラと顔を寄せて変化していく様を見守った。ポーションの色が変わって、エーテルと同じ色になる。
「飲んでみる?」
「いいの?」
キンキンに冷えたエーテルを一口飲んで、冷たさにひやっと肩をすくめる。ソラが興味深々の様子だったので彼にも勧めると、つめてー! と声をあげ、ケラケラと笑いあった。
ソラとエーテルを作り終えたあと、ドナルドとグーフィーが煙突のついたかまどをのぞき込み、手招きしてくる。
「ポーションからハイポーションが作れるんだって」
レシピに従い、鍋にポーションを流し込み、かまどに火を……と周囲を探すもマッチやライターが見つからない。仕方なくゆっくりゆっくりファイアを唱えると、中の薪がぼうっと燃えて、どういう理屈か分からないが、ハイポーションができあがった。
自分たちで作ったと思うと、ただのハイポーションでもちょっと特別に思える。早速飲もうという話になったが、熱々だったので後で飲もうということになった。
さて、ある程度スライドが揃ったので、ジェーンの元へ戻ると、彼女はさっそくテントの一角に張った白布に映写を始めた。
ただのゴリラの絵、女性に花をささげる男性の絵、小さな女の子を抱き上げる老婆の後ろ姿の絵、剣を持つ二人の男性の絵、巨大な船の絵――最後に深い森の中にたたずむ立派な白い城の絵が現れた。とても静かで、荘厳で、寂しい様子は、知らないのに、どこかなつかしい。
「どうしたの、二人とも」
ぼんやりスクリーンを見ていたら、ドナルドが訊いてきたので、ソラの様子もどこかおかしかったようだ。ソラは珍しく眉根を寄せた難しい顔で、曖昧な返事をしていた。
「私も、なんでもない」
なぜだかとても悲しい気分になって、胸の奥がしめつけられた。はっきりとしない感情はもやもやとして気分が悪い。
「どう、ターザン?」
ゴリラ語を探るためであったのに、ひとこともしゃべらず、おとなしく映写機の映像を見ていたターザンへ、ジェーンが微笑みかける。
「リクとカイリはどこにいるんだ?」
ソラも早口で訊ねるも、反応なし。ソラがまいったな、とぼやいたときだった。
「となると、残るは一ヵ所だな」
のしのしと現れたのは、ドナルドとグーフィーをここへ連れてきたクレイトンだった。片時も手放さないのだろう。やはりライフルを握りしめていて、どうにもこの人の側は落ち着かない。
「いいか、我々は君が来る前からこのジャングルにいるんだ。しかし、彼の友人を見かけたことなど一度もない。とすれば、残るはターザンが隠しているゴリラの巣しかない」
「クレイトンさん、ターザンは隠している訳じゃ――」
困り笑顔で訴えるジェーンを無視し、クレイトンはターザンの前に立ちふさがる。
「案内してくれるだろうね。君の家だよ、イエ」
ターザンはソラを見た。ソラもターザンを見つめる。しばらくそうしたあと、ターザンは小さく頷いた。
「でも、いいの、ターザン?」
知りたがっている一人であろうジェーンが心配している様子から、少しターザンのことを考えた。ゴリラのことはよく知らないが、野生動物にとって、自分たちの巣を外部の者に知られるのは一番忌避すべきことではないのだろうか? しかし、もしかするとそこにリクやカイリがいるのであれば、やはり彼の親切に甘えるしかない。
「ターザン、カーチャック、会う」
「カーチャック?」
聞いたことのない名前をジェーンが繰り返す。
「群れのボスのことだろう、ちょうどいい。俺も同行しよう。なにせジャングルは危険だからな」
クレイトンが歯を見せてニヤッと笑った。初めて見る彼の笑顔は、とても見られて嬉しいと感想を抱くものではなかった。
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