顔に吹きつけてくる強い風、あたたかなぬくもり、ソラの叫び声――。
ほんの少しの間気を失ってしまっていたらしい。薄っすら目を開くと、ソラのネックレスが眼前で風に煽られちりちりと揺れていた。
ソラとふたり、空から落ちている、落下先に茶色の屋根が見える、ぐんぐん近づく。ぶつかる。死ぬかもしれない!
無我夢中で手を落ちる先に向け、身体じゅうの魔力をそこに集めた。
「風よ!」
細い竜巻のような風に包まれながら立派な三角屋根の小屋と衝突。風は木材をバキバキ壊して、床の上でたわむ。したたかに体を打ちつけたが、風や置いてあった家具が緩衝材となり、信じられない高さから落ちた割にケガはなかった。小屋の中につもっていたであろうホコリが舞い上がり、しばらく目も開けられずケホケホと咳き込んだ。
「いてててて――」
ソラの痛がる声もしたが、重傷ではなさそうで安心する。
「ソラ、大丈夫?」
「大したことないよ。フィリアもケガはない?」
うん、と頷き返したときには視界もクリアになり、ソラは頭を撫でていた。ケアルはいるか訊ねる前に、ソラは周囲を見回し「あれ」と呟く。
「ドナルド――?グーフィー?」
言われて同じようにあちこち見るも、彼らの気配を感じない。はぐれてしまったようだ。グミシップごと置いていかれたらどうしようという考えが脳裏にチラリと浮かんだが、彼らはそんなことはしないと信じたかった。少なくとも、キーブレードの勇者は置いていかないだろう。
「ふたりとはぐれちゃったね。捜しに行かないと」
その時、ハッとソラが息をのんだ。
「フィリア!」
「わっ!?」
ソラに強く押され、側にあった木箱にすがるようなかっこうとなる。次の瞬間には、ソラにヒョウが飛びかかってくるのを横目で見た。ソラはキーブレードを出してとっさに避けるも、次の腕の振り払いで壁に叩きつけられてしまう。
「ソラ!」
「なんだ、こいつ!」
ヒョウが低く吠える。この世界の野生動物が、捕食しにきたのだろうか。ヒョウは鋭い爪を生やした太い腕を振り回してくる。ソラはうまく間合いをとって躱していた。
ヒョウはひらりと高くジャンプして、背後をとってまた攻めてくる。キーブレードで応戦するソラに対し、こちらは魔法の狙いすら定められず、もたもた逃げ惑うことしかできていなかった。
「動物なら火が苦手なはず……でも小屋に燃え移ったら……氷の魔法で床が凍ったらこっちが不利になるし……」
そういえば落下するときに、無意識とはいえ風の魔法を唱えていたのを思い出す。思い出そうと意識を集中させるも、ヒョウが寄ってきたのでそれどころではなくなる。
するどい牙、迷いも容赦もない純粋な殺意。怖い。この恐怖をいつかも体験したような――。
「フィリアに近づくな!」
ヒョウの爪攻撃をソラがキーブレードで防ぐ。そのまま反撃に転じ、キーブレードを三連撃で叩きつけると、ヒョウの体は吹き飛び、木箱の中に落ちた。
少しの間、しん、と静まる。ヒョウは気絶したのか倒れ動かなくなる。ソラが慎重に近づいて、本当に倒したのか確認しようとした。ひくり、とヒョウの毛並みが揺れる。
「ソラ、だめ!」
声を上げるも遅かった。ヒョウのだまし討ちにソラはしりもちをつき、ヒョウが襲い掛かってくるのをまともに防御できそうにない。
ソラを助けなくちゃ。
とっさにこみあげてくる魔力を放とうとしたときだ。何かがソラとヒョウの間にさっと割り込んだ。
成人している、ほぼ裸の男だった。彼は持っていた槍でヒョウの牙を受け止めると、力いっぱい振り払う。着地したヒョウは少し男を見つめると、近くの窓を割って小屋の中から逃げ出した。
なんとか助かった。ヒョウの気配が完全に消えほっとしたところで、男がこちらを振り返った。短い腰布一枚しかまとわぬ姿に、しばし目のやりどころをさまよわせたが、男は己の恰好を恥じても、おかしいとも思っていないようで、堂々としていた。筋肉のついた立派な肉体に比べアンバランスなほど、幼くくりくりとした青い瞳が印象的だった。
「サボー、キケン」
声は低いが、子どもよりもたどたどしい言葉遣いで彼は言った。
「あ、ありがと」
ソラが戸惑いながら礼を言うと、彼も同じように「ありがと」と発言する。
「え?あの、ここ、どこ?」
「ここ、ここ」
「まいったな」
まるで幼子のような反応に、ソラが困り切ってこちらを見る。そこでやっと我に返り、スカートの埃を払いつつ、その側へ行った。
「ソラ。ドナルドとグーフィーと合流しなきゃ」
「う〜ん、あのふたり、どこ行ったんだ?」
そこで、ソラがパッと男を見る。
「あのさ、俺、友達とはぐれちゃったんだけど、どこかで見なかった?」
男がきょとんとしたので、ソラが大きく口を開ける。
「と・も・だ・ち」
「ともだち」
「そう、ともだち! 二人組でやかましいのがドナ――」
そこでソラは「あ……」と詰まり、言い直した。
「ちがう、今のなし。俺が捜してる友達はリクとカイリっていうんだ」
ソラったら。思っても、今は黙った。
「捜してる、リクはともだち」
男がソラの発言をボソボソ繰り返す。
「うん――!?」
すると、ソラが男の後ろをのぞき込み始めたので、不思議に思う。そこには何もないのに、何かが見えているのだろうか。
「カイリはともだち?」
「ん?うん、まあ……あ――」
ソラの目が何かを追っている。少し怖い。まだ明るく、外からは鳥をはじめとした動物たちの鳴き声が聞こえてくる中、幽霊でも見えているのだろうか。
「ともだち、ここにいる」
「ほんと!?」
「どこにいるの!?」
「※&&x%」
期待したら突然理解できない言葉になり、え、と言葉を詰まらせる。
「※&&x% ともだち いる」
男はほぼ裸だし、立ち姿は猿みたいだし、終始無表情であったが、嘘をついて人を騙す人間には見えない。だが、信じきるにはどこか不安がつきまとう。判断はソラに委ねることにした。ソラはすぐに彼に答えた。
「よくわかんないけど、そこ連れてってよ! リクとカイリに会わせてよ!」
「ターザン」
男が自分の胸に手を置いて言ったので、おそらく名前なのだろうと理解する。
「ターザン、行く」
ソラも同じように己の胸に手を置いた。
「俺ソラ。こっちはフィリア。ターザン行く、ソラ、フィリア、行く行く!」
ついてこいという素振りで、ターザンが小屋についていた簡素な木の扉を開いた。すると薄暗く埃っぽい視界が一転、眩しいほどの空と緑、外から見た世界そのままの景色が飛び込んでくる。とても高い丘の木の上に建てられているらしい小屋からは、背の高い木のてっぺんばかりが見えた。
ターザンはためらいもなくするすると小屋から降りて、坂を下っていく。はじめはおそるおそるついて行ってたが、次第にさくさく進むターザンに歩調を合わせ、どんどんジャングルの奥へと足を進めて行く。
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