自慢の手駒であったケルベロスが、気にくわないヘラクレスのみならず、あんな小さな子供にまで倒されて、冥界の支配者はずいぶんと苛立ちっていた。ヘラクレスの人形を取り出して睨みつけている姿は情けない敗者そのもの。
「誰にでも強くて、誰にでも優しくて、ピンチにさっそうと現れる――おまけに甘いマスク……完ペキだ。完ペキなむかつき野郎だ!」
ハデスの身体を覆うほどの凄まじい紅蓮の炎が天に伸びるも、今や負け犬の遠吠えにしか映らない。
ハデスはふっと炎を消し、クールぶって乱れた炎の髪をかきあげた。
「まあいい。これでコマがそろったわけだ。あのガキせいぜいヘラクレスに鍛えてもらうがいい。次のゲームでふたりまとめて片づけてやる。あんたは手を出すなよ。これは俺のゲームだ。」
早口でまくし立てたハデスがこちらを牽制してこようとも、どうせこの男ではこの世界やヘラクレスを闇に落とすことはおろか、あのソラとかいう少年にすら勝てやしないだろう。
「好きなようにおし。勝てるまで続けたらいいさ」
怒り顔が振り向いたが、構いやしない。
さて、ハデスという大きな手駒をひとつ失ったわけだが、収穫もあった。
あのキーブレード使いの少年の名はソラ。リクの探している同郷の友人の特徴に全て合致している。そして、あの時の娘、フィリアも――。
リクのことは、一目見て特別だと分かった。かつて元にいた世界にやってきたテラという男によく似ている。
せいぜい大事に扱ってやらねばなるまい。
もうこの世界に用はない。レイバンを撫でながら、闇の回廊を開いた。
★ ★ ★
若き日より、己には成し遂げなければならないこと――使命と言ってもいい。やらねばならぬと心に刻まれたことがあった。
キングダムハーツを手に入れること。
また、その力をもって我が願いを叶えること。
大いなる心のことを考えると、なぜかひとりの乙女の姿が、ぼんやりとであるが共に浮かんだ。誰かは知らないし、なんでもいい。だが、キングダムハーツと共にあるものであるならば、手に入れなければならない。
やっと見つけた。渇望したもの。思ったよりも弱々しかったが、間違えるはずもない。
「だが、今はまだその時ではない……」
“その時”がくれば分かる。その確信がある。必ず己の手に収める自信もある。だから、今はただ闇から監視し、時を待つ。
狭間の世界に降る雨を眺めながらフードを取る。暗雲たちこめるこの空に浮かぶ心を想っていると、珍しく笑っている己が窓ガラスに映っていた。
★ To be continue... ★
H31.3.13
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