コロシアムに新たな英雄(ヒーロー)が誕生するのは、いつぶりだろうか。
「あの地獄の番犬ケルベロスに臆せず立ち向かい、街を守り、勝利を収めた。実に勇気ある、素晴らしい戦いであった」
コロシアムの控室の台座に立ち、新しい英雄たちを正面から見下ろすフィルは、手に持った羊皮紙を読み上げながら微笑んだ。自分も、とても喜ばしい気持ちだ。かつて英雄になる前に出会った、懐かしい友達が使っていたものとよく似た武器を持つ少年ソラを見やる。表彰式のような雰囲気に緊張しているのか、頬を紅潮させ、背筋をピシッとのばしている姿はとても初々しい。
「よってここにソラ、ドナルド、グーフィー3名を“英雄の卵”と認め――闘技大会への参加を許可するものである」
満足げにフィルの話を聞いていたドナルドが、ソラの隣で目を吊り上げた。
「ちょっと!何で“卵”なんだよ!」
「おまえたちはまだ英雄の何たるかを心得てないからだ」
「何それ?」
フィルがうっかりグーフィーに答えてしまう前に、口を挟んだ。
「それは君たちが自分でみつけなければならない。かつて僕がそうしたようにね」
英雄たらんとするならば、人から答えを与えられてばかりではだめだ。
ソラたちの戦いは、まだまだ行き当たりばったりな無茶が目立つ、いうなればデコボコトリオという印象だった。きっと彼らの付き合いは、始まってから日が浅いのだろう。しかし、ソラを中心にお互いを助け支えあう、いい仲間だ。このまま経験を積んでいけば、ひょっとしたら、自分すら凌駕するほどの素晴らしい英雄になるかもしれない。
こちらの期待を分かってくれたのか、ソラは両腕を頭の後ろに回してへらっと笑った。そんな様子も彼と似ている。
「まあいいって。大会で俺たちの実力をみせればいいんだろう!」
「さっきの騒動の後始末があるから――大会が開かれるのはしばらく先になりそうだ」
後片付けを考えるとうんざりするとフィルは頭を抱えるが、だいたい瓦礫を撤去するのは自分の役目だろうなと苦笑する。ソラがふーんと相槌した。
「それじゃ、また後で来るよ」
ばいばい、と手を振るソラに別れの挨拶を振り返す。扉へ向かう小さな背中たちを眺めながら「それにしても」とフィルが隣で髭をなでた。
「よくあのボウズが、ケルベロスを倒せたもんだ」
相手は伝説級のバケモノ、冥界の番犬。そこら辺で悪さするモンスターとは格が違うし、普通の人間、ましてや子供が勝てるものではない。
まぁ、フィルには教えておいてもいいだろう。
「ここだけの話――あの子がとびこんできたときは、さんざんいためつけたところだったんだ」
ソラが来た時には、ケルベロスはすでに走ることすらできなかった。
フィルが少し動きを止め、そして彼らには絶対聞こえない声量で「本人には黙っておこう」と呟いた。無言でうなずく。彼らの将来に期待しよう。
「また次、ソラたちに会えるのが、とても楽しみだよ」
ソラに出会ったおかげだろうか。半ば諦めていた懐かしい友達とも、きっとまた再会できるような気がした。
★ ★ ★
息をきらしながら登りきった長い階段の先。化け物が現れたはずのコロシアムは、不気味に静まり返っていた。普段はたくさんの人で溢れているだろう門前の広場には、今はたった一人しかいなかった。
「あなたは、さっき広場で助けてくれた……」
短い階段に腰掛けていたのは、少しくすんだ赤いマント、ツンツンした金色の髪、あの時広場で助けてくれた男性だった。左手で脇腹を押さえており、額に脂汗を浮かべた姿はずいぶん疲労していているように見えた。
彼はこちらを見やると、すぐにまた興味なさそうに目を逸した。風に乗って血の匂いがする。
「ケガをしているの?」
「あんたには関係ない」
突き放すような言葉にひるむが、言葉の弱々しさから傷の深さを察する。自分にできるせめてもの礼を思いつき、恐る恐る彼に近寄った。こちらが目の前まで来ても特に嫌がられはしなかったが、煩わしそうな視線を向けられた。
「なんのつもりだ?」
「手当てしなきゃ」
膝をつき、傷の具合を探る。脇腹以外の怪我の様子から、ハートレスと戦って出来たものではないように思えた。顔色が悪い。苦しそうに息を吐いている。
「必要ない。放っておけ」
「無理しちゃダメです。私、治癒の魔法が使えるの。だから、任せてください」
「……勝手にしろ」
早口で訴えたところ、彼はもう話すことすら億劫になったのか、それきり黙ってしまった。
「ごめんなさい、少し触れます」
直接触れたほうが強い効果が出せる気がしたので、脇腹にある彼の指に己の指先をちょこっと乗せる。冷たい。振り払われはしなかった。ぜぃぜぃ荒い息遣いに合わせて指が動く。
断られたのに手を出すのだから、ちゃんと成功させないと。魔法は想いが強く影響する。出会った瞬間の彼を思い出し、傷が塞がりますように、元のように動けるようになりますように、祈りを捧げながら魔法唱えた。みずみずしい魔法のツタが具現化し、光とともに傷を癒す。次の瞬間には、ずいぶん顔色の良くなった彼がいた。
「光……か」
小さく彼が呟いたとき、コロシアムの扉が開く音がした。
「フィリア!」
探してた声に呼ばれ、はっと気持ちが高揚する。
「クラウドもいるね」
「ソラ! ドナルドとグーフィーも」
少し服が汚れていたが、元気そうなソラたちの姿にホッと胸をなでおろした。
ソラとこの男性――クラウドはどうやら知り合いのようだ。階段に腰かけたままだったクラウドへ、ソラは心配そうな表情を向ける。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ」
「でも、なんであんな奴の手先に――」
何か事情のありそうな話になったので、おとなしくソラの後ろへ下がり、話を聞いた。
クラウドはそっと目を伏せると、立ち上がって空を見上げた。治癒はうまくいったようだ。
「人を探している。その手がかりと引き換えにな」
彼もまた、大切な人とはぐれてしまったかわいそうな人だったなんて。少し考えれば予想できたことに、ショックを受けた。
世界がこんなことになって、みんな離れ離れになっている。それを救えるのは、この強そうなクラウドやレオンたちではだめで、やはり鍵を持つソラしかいないのだろう。
「闇の力を利用するつもりで取引したが、逆に――闇にとらわれ、光を見失った」
「見つかるよ。俺も探してるんだ」
はっきりと明るく言いきるソラが、眩しく感じられた。
クラウドの青い瞳が、量るようにソラを見つめている。
「おまえの光を?」
ソラの光――カイリとリク。
頷き返すソラに、クラウドはすれ違いながら「見失うなよ」と声をかけて、何かを手渡した。ソラの手の中に納まるほど小さくて、きらっと光るなにか。
「また勝負しようぜ! 今度は闇の力抜きでさ!」
ソラがぶんぶん手を振るので一緒に振った。クラウドはキザに髪をかきあげて「興味ないね」とつれなく返してきたが、口元にそっと浮かべた微笑みは優しく見えた。
クラウドが去った後、ソラは彼から貰ったアイテムを掌に乗せて眺めていた。グミシップに使う素材のようだ。
「クラウドはああ言ってたけど……なんか、またすぐに会える気がする」
くるんとソラがこっちを見て、ニカッといつものように笑う。
「それより、フィリアも、クラウドと知り合いだったんだな」
「うん。ソラたちと離れた後、ハートレスに襲われちゃって……」
えっ!と三人が大声をあげて驚くので、こちらも驚いた。
「もしかして、クラウドが助けてくれたの?」
「そう」
グーフィーの問いに頷けば、三人は良かったと安心してくれた。心配をかけてしまったのは申し訳ないが、こうして大事にしてもらえるのは素直に嬉しい。
「みんなは、クラウドさんと戦ったの? あの人、すごく強そうだった」
「もちろん、ぼくたちが勝ったよ!」
ドナルドが胸を張るので、ソラとグーフィーが視線を交わした。
「最初は、コテンパンにやられてたじゃないか」
ニヤッと笑うソラに、グワァ!? と慌て、じとっとソラを睨むドナルドの姿が面白い。
「それと、僕たち、力を合わせてケルベロスにも勝ったんだよぉ」
グーフィーがにこにこ話してくれるが、それはとても恐ろしい魔物で、大変な死闘だったようだ。
「それで、俺たちは英雄の〜……卵――になったんだ」
「卵って?」
「三人で、一人前ってこと!」
彼らが各々苦い表情を浮かべるのが面白い。
もし自分がその場にいたら、邪魔になっていたかもしれない。
他にも別れていた間に互いにあったこと、発見したことを話し合ったが、あの不気味な黒コートの男性のことは、とてもソラたちには言えなかった。
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