クラウドを踏みつぶした足の持ち主は、自分の何十倍も大きい三つ首の犬、ケルベロスという獣だった。口からそれぞれ黒い霧を吐き出している。赤く光る六つの瞳は凶悪な目つきで周囲を睨みつけていた。

「そうそうもうひとつルールがあった。『ゲームにアクシデントはつきもの』」

 あのチケットをくれた男と同じ声が、遠くから響いてくる。
 あの男の仕業なのか? 怪我をしたクラウドを助けなきゃ。こんな大きな魔物相手にどうすれば。一瞬の迷いをケルベロスは見逃さず、襲いかかってきた。しまった。あたふたしている間にケルベロスの足裏が頭上に落ちてきて、止まる。おそるおそる視線を下げると、ひとりの男が立っていた。筋肉隆々で、鎧を着た若い男だ。「ハーク!!」と歓声をあげるフィルに、彼は視線だけで頷いた。

「フィル、その子を連れて逃げろ!」
「わかった。そいつの相手は任せたぞ!」

 考えている余裕などなかった。気がつけばフィルに連れられ、コロシアムの入り口に戻っていた。疲労のためか、冷や汗なのか、足を止めた途端に汗がどっと溢れてくる。ドナルドとグーフィーもヘロヘロと座り込み、リュックからポーションやエーテルを取り出していた。

「フーッ、危ないところだった。あれは死者の国の番犬、ケルベロスだぞ」

 フィルが、丸い腹が凹むくらい長く息を吐き出した。

「ヘラクレスなら、あの怪物も倒せるとおもうが……いやいや、しかし万が一ということも……」

 どうしたらいいんだ! と頭を抱えるフィル。
 ケルベロスの唸り声や、何でも噛みちぎってしまいそうな巨大な牙を思い出すと、思わず体がぶるっと震えた。フィリアやカイリがここにいなくてよかった。彼女たちがあんなどう猛な獣の前に立っていたら、どうなっていたことか。
 ドスン、ドスンと地面が揺れ、衝撃が響いてくる。激しい戦いの音は絶え間なく続き、ケルベロスの咆哮は途絶えることがない。
 初めこそフィルと同じ顔でいたが、次第にもどかしくなってくる。ヘラクレスがたったひとりであんなバケモノと戦っているのに、自分たちはただ逃げて、ここで何をしているんだ?
 ドナルドとグーフィーを見た。視線を合わせた瞬間に、二人も同じ気持ちに変わったと確信する。

「ヘラクレスのやつ、無事だといいが……中の様子はどうなっているんだ……?」

コロシアムの中を覗き込もうとするフィルの横を通り過ぎ、コロシアムの出入り口へ。もちろん、ドナルドとグーフィーも一緒だ。
 扉を開く前に慌てた様子のフィルが待て、と呼び止めてきた。

「ボウズ、コロシアムへ入るのか? これは試合じゃない、油断すると命取りだぞ!」

 石の壁に反響する、ケルベロスの唸り声に唾を飲み込む。
 運が悪ければ、ここで死ぬかもしれない。けれど絶対に引こうとは思わなかった。いま逃げたら、きっと旅はここで終わる。

「覚悟はできてる。俺が英雄にふさわしいかどうか、見ていてくれよ!」
「ボウズ……!」

 目をうるうるさせているフィルに背を向け、いよいよコロシアムの中へ。真っ先に、クラウドを肩にかつぎ、壁際に追い詰められているヘラクレスが見えた。ケルベロスがキバをぐわっとむき出しにして彼に噛みつこうとしている。助けなきゃ! キーブレードを構え走り寄ると、ケルベロスの耳がピンとたち、三つの首がいっせいにこちらを見た。そうっと逃げ出すヘラクレスには目もくれず、よだれを垂らしながら体ごとこちらへ振り向く。

「いいかボウズ」

 フィルの声だ。あれほど怖がっていたのに、コロシアムの中へついてきたらしい。

「アドバイスは二言」

 先ほどまでのオロオロ声と違い、怯えのない言葉は、思考を冴えさせる。

「『行け!!』」

地を蹴って、ケルベロスの鼻面へキーブレードを振り下ろした。




原作沿い目次 / トップページ

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -