予選の決勝戦の時間になった。
 男と対峙したとき、肌がピリピリするような緊張を感じた。身長、筋肉の量、そして経験がはるかに自分を上回っている相手――闘技場の審判は男のことをクラウドと呼んでいた。
 試合開始宣言を待つ僅かな間。クラウドの光が混じりこんだような瞳を見つめる。今まで会った誰とも似ていない青い光の色だ。グーフィーが「あの人、とっても強そうだねぇ」と囁き、ドナルドは「僕たちだってここまで勝ち上がってきたんだ、負けるもんか」と息巻いていた。どちらにも同意だ。個々で敵わなくてもこちらは三人。力を合わせればきっと善戦できるはずだ。
 観客からの熱が高まってくる。ずっと視線が合っていたが、ふいにクラウドがため息をついた。

「……子どもが相手か」
「子どもだからって、ばかにするなよ!」

 クラウドの憂鬱そうな発言は、自分たちの心に更なる火をつけた。見てろ、絶対に勝つ!



 巨大な剣は振り上げられるごとに凄まじい風を巻き起こし、こちらをおののかせた。
 切っ先をこちらに向けて猛烈な勢いで突進してくるソニックレイヴにドナルドが吹き飛ばされる。名を呼んでやる暇さえなく続けざまにもう一回。次はグーフィーが狙われて、一撃は耐えたが次で倒れた。
 最大にして唯一の有利な点であった人数があっさり崩され、独りとなる。
 頭の上で星を回し倒れている二人の中央で、クラウドがゆっくり剣を構え直してこちらを向いた。包帯でぐるぐる巻きにされている隙間から鈍く鋼が光った瞬間、背筋に冷たいものが走って、とっさにドッヂロールで横に逃げた。男の剣が真横の空気を貫いてゆく。遅れてぶわりと巻き上がる砂ぼこり。脂汗が流れる。死ぬかと思った。
 ゆっくり体勢を整えるクラウド。こちらをひたと見つめている。

「どうした、逃げてばかりか」

 鼻で笑われた気がしてカチンとくる。いつもリクにこういうこと言われ、ついムキになってしまうのが敗北の原因だ。

「ここからが本番だって!」

 キーブレードをぎゅっと握りしめ、クラウドに向き直る。たしかにこいつは強いけれど、攻撃のあと、ほんの僅かに隙がある。剣が大きいから挙動が大振りになってしまい、小回りがきかないんだ。
 もう一度ソニックレイヴがくる。横へ転がり避け、追撃に備えそのまま更に前へと転がる。すさまじい突進攻撃も、二、三度繰り返すと速度が落ちた。体勢を整えようとしたクラウドに向かってキーブレードを振り下ろす。防御しようとしていたが、その前にクラウドの足、手、腹とキーブレードを叩きこんだ。
 舌打ちが聞こえ、慌てて離れる。クラウドがこちらを振り払うように剣を払っただけで、決闘場に薄ら積もっている砂が霧のように巻きあがった。さらさらと降る砂の中で、クラウドは何ともなかったかのように、改めてこちらへ剣を向ける。

「効いてない、のか?」

 手ごたえはあった。シャドウであれば吹っ飛ぶくらいの力を込めたはずだ。分厚い筋肉のせいで効いていないのだろうか。

「いくぞ」
 
 こちらの戸惑いを叱るかのように声をかけ、クラウドがぐっと姿勢を低くした。空間を切り裂くように猛攻が再開される。
 チッとした痛みが走り、たらっとぬるい血が頬を流れた。痛いなど言っている暇はない。一度でも選択を誤れば死ぬかもしれない。ドナルドとグーフィーはまだ目覚めていない。
 逃げ回るしかない状態は歯がゆかった。重い剣は受け止めきれず、弾くのがせいぜい。決定打がほしい。どうすればあの男に勝てる? たとえば、自分にもあんな必殺技があれば……。

「ん?」

 アレ、自分にもできないだろうか。
 ふと浮かんだ思いつきに、賭けてみようという気持ちになった。このまま追いつめられて負けてしまうより、試してみたい。
 反撃のタイミングを見計らっているうちに決闘場の隅へ追いつめられていた。突然、ソニックレイヴが止み、ふっと頭上に影がさした。見上げれば、クラウドが高く高く宙へ跳んでいて、そのまま剣で突き刺すように急降下してくる技ーークライムハザードを放ってきた。串刺しにされるところだった! 頑丈な石床がバスタードソードにぶっすりと貫かれ、クラウドが力任せに剣を引き抜こうとしている。今しかない。

「いけぇ!」

 キーブレードを前に突き出した突進。刹那、クラウドは目を見開いている。一撃、そのまま止まらずもう一撃と繰り返し、見よう見まねだが四回当てることができた。

「ぐっ……!」

 クラウドの呻く声にやった、と喜ぶ暇もなく、すぐさま凶斬りが繰り出されて、反射的に身を守れたのは運が良かった。衝撃に負け尻もちをつく。ぜぃぜぃ、胸を上下させて荒い息を繰り返す。クラウドは乱暴に汗をぬぐっていた。そろそろ体力が限界だ。
 緩い弧を描き、何かが手元へ飛んできた。グーフィーからのポーションだ。

「ソラ、だいじょうぶ?」
「ドナルド、グーフィー! 二人こそ平気なのか?」
「さっきは、ちょっと油断しちゃっただけ!」

 ドナルドが拗ねた様子で杖をふる。先ほどの重症な様子からケロッと元気を取り戻した姿にほっとした。

「よーし! それじゃあ……」
「今度こそ、力を合わせよう!」

 体の奥底から力があふれてくる。相手の手の内は理解したので、それぞれの役割はなにか、相談せずとも自然と連携がとれた。ドナルドが魔法でクラウドを足止めし、怯んだ隙を自分がキーブレードで攻撃する。反撃をしてきたら、グーフィーの盾が受け止める。
 始めの連携の瓦解が嘘のように、今度はすべてがうまくいって、何度目かの攻撃の後、クラウドがぐったり膝をついた。すかさず審判が片手を上げて、こちらの勝利を宣言する。

「勝者、ソラ! ドナルド! グーフィー!」
「よくやったぞ!」

 歓声のなかからフィルの声が聞こえる。勝てないかと思ったほどの相手を倒せたことに、むずむずと喜びがわきあがってきた。ドナルドとグーフィー、三人で顔を見合う。

「俺たちの勝利!……えっ?」

 猛獣の唸り声が響き渡ったとき、観客からの拍手が悲鳴に変わった。周囲を探る前にふっと視界が陰ってしまう。次の瞬間には、すぐそばにいたクラウドが黒くて巨大な何かに押しつぶされた。




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