引っ掻かれる! とっさに腕を交差して頭を守った。ぶわっと風が巻き起こり、覚悟していたはずの痛みはこない。

「……え?」

 おそるおそる腕を下ろすと、側にひとりの青年が立っていた。傷んだマントから見える髪は黒――いや、金色だ。包帯がたくさん巻かれた、とても大きな剣を持っている。不思議な迷彩を宿す青の瞳は、敵に剣を向けたまま静かにこちらを振り向いた。

「おい、あんた。立てるか」
「だ、誰?」
「俺は――誰だっていいだろう」

 そっけない返事にまごつく。初めて見る人なのに、誰かの面影がちらついて見えて落ち着かない。

「くるぞ」
「えっ?」

 言葉どおり、ハートレスたちがいっせいに飛びかかってくる。ヒッと萎縮するこちらに比べ彼はとても冷静で、大剣で器用にすべて薙ぎ払った。両手で剣を振るう姿――心臓がバクバク鳴っている。笑顔の少ない大人の男の人――なのに、似ている。思い出せない誰かに似ている。再びこめかみに鋭く強い痛みが走った。

「おい、ケガをしているのか?」

 青年が少し早い口調になった。その瞳には苛立ちはなく、責めているのではなく心配してくれていると分かり足に力が蘇ってくる。

「大丈夫、です……」

 震える膝を叱り立ち上がったところで再びハートレスたちが四方八方から襲ってきて、またもや彼の剣が防いでくれた。分厚い剣が空気を切り裂くたびにものすごい風が巻き起こり、小さなハートレスたちはなすすべもなくコロコロ転がる。

「走れ。ここを離れろ」
「でも――この数をひとりでなんて」

 いつの間にか、数えきれないほどのハートレスに取り囲まれていて、どれもがジッとこちらを見ていた。ハートレスに狙われやすいと言われたが、こんなことになるとはとても思っていなかった。

「ひとりで十分だ」

 こちらへ飛びかかってきたシャドウを彼の剣が叩き潰す。

「行け!」
「は、はい!」

 鋭い大声に驚いて走り出した。何匹かは追いかけてきたので、振り返らずに必死に逃げた。
 考える余裕などなく、ただハートレスがいない方向へと進んだため、ハートレスたちの追跡から逃れた頃にはグミシップに帰る道はさっぱりわからなくなっていた。





★ ★ ★





 チケットを見せたとき、ルールや忠告をくどいほど言ってきたフィルの心配をよそに、第一回戦を全く問題なく勝ち進むことができた。対戦相手は普段戦いなれたハートレスたちだから、弱点や対処法を知っているので当然だ。フィリアの回復魔法がないのはちょっとだけ心配だけれど、三人で助け合うことを意識し合えばなんとかなった。
 試合が終わり、腕組みをして待つフィルの元へ。

「まだまだ英雄とは呼べんが悪くはない。コーチしたかいがあったってもんだ」
「これくらい楽勝、楽勝!」

 調子に乗るんじゃないと叱ってくるフィルに笑い返していると入り口から男が現れた。太い筋肉の腕に、自身の背ほどもある大剣を背負った、金髪のツンツン頭。ボロボロの赤いマントをはためかせながら静かにこちらへ歩いてくる。
 こちらの視線に気づいたのか、男も瞳だけでこちらを見た。どちらもそらさないまますれ違う。

「あの男、かなりの腕前だな。いずれおまえと当たるかもしれんぞ」

 フィルが低めの声で言った。確かに強そうなあの男。戦うことになるのか、勝てるのか――期待と不安でワクワクした。




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