自分より頭ひとつぶん小さなタル。力いっぱいキーブレードを振りきって離れた場所に配されたもうひとつまで吹っ飛ばした。派手な音と木片を散らしながら最後のひとつが壊れたことで、すかさずフィルから終了のホイッスルが鳴らされる。はあっ、と息を吐くと汗がどっと溢れて頬を伝った。

「ほほう、たまげた。なかなかいい腕だぞ」

 感心したようにあがった野太い声を聞き、コロシアムのはじっこで目をつりあげていたドナルドからの視線が若干和らぐ。やっと肩の力を抜けばドナルドたちとフィルが自分の前までやってきた。

「やるじゃないか、ボウズ」
「ヘヘッ」

 コロシアムで一番初めに出会った、この上半身がヒトで下半身がヤギの小さな中年男――フィルに誘われ行ったテスト。ひとのことを子どもだ小僧だとバカにするようなことばかり言うので、見返してやりたかった。まさかここまで素直に褒めてくれるとは思っていなかったのでこそばゆい気持ちになる。大人に褒められるのってすごく嬉しい。そう喜んだのもつかの間。

「これで俺も闘技大会に――」
「そいつはいかん」
「何で!?」

 口をあんぐり明けたドナルドと詰め寄れば、フィルはすげなく短い指を二本立てた。


「答えは二言。『おまえたちは 英雄じゃないから』」
「なんだって!」

 散々テストで試しておいて! 隣でドナルドががっくり俯き、グーフィーは指おり何かを数えていた。

「英雄と認めてほしかったらこいつを使いこなしてみるんだな」

 フィルが指をパチッと鳴らすとピリッとした電流が体を流れた。魔力で操る雷の力。フィリアがトラヴァースタウンで唱えていたものを思い出す。怒れる神の鉄槌ってああいうことをいうのだろうか――あれほどの威力を思うまま使いこなせたら、どれだけたくさんのハートレスに囲まれようと怖くないだろう。

「大会に出場させることはできんが、トレーニングなら相手になるぞ?」
「トレーニングよりも、闘技大会にだして」
「こればっかりはダメだ。大会のエントリーチケットは渡せないね」

 じゃあ、もういいよ! 頬をぶうっと膨らませ、ドナルドとふたり足音荒く(グーフィーはふつうだった)コロシアムを後にした。






「まったく頭のカタいヤギおやじじゃないか」

 後ろから地を這うような低い声が話しかけてきたのは、コロシアムから出てすぐのことだった。振り向けば背の高い男がひとり――肌も、ぼうぼうと燃える炎の髪も真っ青で、引きずるくらい黒く長い服を着ている。ギョロリとした目が不気味だった。

「あんた誰?」

 妖しい雰囲気の男に、ドナルドが表情を険しくする。すーっと近づいてくる男は、馴れ馴れしく自分の肩をつかんできた。氷のように冷たい――。

「いやいや、聞かなくたって君の言いたい事はわかるさ。大会に出場したいんだよな?」

 この男、自分たちのことを見ていたのか? 問う間もなく、男のもう片方の手にチケットが現れる。目の前に差し出され、闘技大会のものだと分かった。

「いいのか?」
「いいとも。君の活躍楽しみにしてるよ」

 言葉は友好的だがニコリとも笑わず、男の姿は人込みのなかへ消えてしまった。視線がもらったチケットに集中する。あっさりくれたけど、本物だよな?

「ソラ、本当に闘技大会に出場するの?」

 ドナルドが訊いてくる。ドナルドは先ほど参加に乗り気だったから、どちらかというと今の男の方を怪しんでいるのかもしれない。

「闘技大会で優勝したらさ、俺たち一気に有名になれるだろ? カイリとリクがこの世界にいたら、俺のこと見つけてくれるかもしれないし……」

 ――フィリアも喜んでくれるかな。
 先ほどの悲しそうな顔を思い出し、早く笑顔になってほしいと思う。
 チケットをしっかりポケットにしまう。ズボンの後ろポケットなら絶対に無くさない。

「それと、王様もね!」

 ドナルドがニヤリと笑い、グーフィーが頷いた。




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