はじめは、先の世界で戦ったときにできた、たんこぶのせいだと思った。痛む頭を片手で押さえながらグミシップまでの短い道のりをひとりで歩く。
本当は体が不調だろうがついて行きたかったが、旅の始めにソラに従うと誓った手前わがままは言えない。だからせめて送ってくれると言った申し出を断わらせてもらった。先ほどまでの道中にハートレスは現れなかったし、そうしてる間にもリクやカイリが心細く待っているかもしれないから。
テーベの街には、時おりカンカンと石を削る音が響く。
一枚の布でくるんだような服を着たひとびと、石を切積んで造った建物、赤茶色の土を固めて作られた壺を見かけるたび、頭の中で鈍痛がする。初めてではない――いつか、どこかでこれらを見たことがある気がしてならない。自分はこの世界の空気のにおいを知っている。
もしかして、ここが故郷だったりして?
「なんて――そんなわけないか」
顔のつくりをはじめ、髪・骨格どれをとっても自分がこの世界の出身でないことは明らかだ。きっと、カイリから借りた本やテレビなどで見たのだろう。
そんなことを考えながら、もう少しでグミシップというところまで来て、脇道の先に広場があることに気がついた。闘技場への行道では気がつかなかった。中央で陽にきらきら光るなにかがあって、つい、頭痛を我慢してでも見たくなった。
それは、若い男性の像だった。立派な体つきをしている彼は、さわやかに歯を見せた笑顔のまま不気味な怪物を踏みつぶしている。あわれ顔を腫らした怪物の眼前にはこの彫刻のタイトルが添えられていた。なんとなしに読み上げる。
「英雄、ヘラクレス……」
きっと彼は挨拶するとき、握手を求め手を差し出し、こういうだろう。「僕はヘラクレス。みんなからはハークって呼ばれてる」
「な――に――?」
ぐるん、と視界が回る感覚がした。先ほどの比ではない、脳がまるで絞めつけられているかのように痛みだし、吐き気にたまらず口元を押さえる。くずれおちるように石畳へ膝をついた。本のページをめくるように、脳裏に浮かぶ場面が流れてゆく。
英雄。ヒーロー。コーチ。憧れ。約束を。彼と、彼と、彼と……。
「いたっ……あ、頭が、われる……っ」
きりで突き貫かれるような痛みに変わり、頭を抱える。
近い年頃の少年の姿が脳裏に浮かんだ。首から上がわからない。けれど、彼はよく笑顔を見せていたのは知っている。その笑顔を向けられるたびに嬉しかった。曇りのない、きれいな瞳が大好きだった……。
思い出そうとすればするほど、頭の痛みが増してゆく。
瞳はどんな色だった? どんな髪型をしていた? 声は? 背の高さは? 性格は?
その子は、だれなの?
「うあ……あぁ!」
これ以上の痛みには耐えられない。考えないように、無理やりに目を開きそちらの情報へ集中するようにした。いま広場には自分の他に誰もいない。このままひとりぼっちで死んでしまったらどうしよう――いやだ、そんなのさみしい、くるしい、かなしい、つらい……。
「ひっ――」
恐いと思う気持ちが呼んだのだろうか。広場の石畳に黒いシミが滲み始め、形作られてゆく。あっという間にシャドウの群れに取り囲まれた。金の瞳は爛々と輝いて、一時もそらされない。
体に力が入らず、かといって魔力を操れる状態でもなかった。
「どうしよう……どうしたら……」
にじり寄ってくる闇たち。あるものは爪をかまえ、あるものはひざをたわませ、いまにも飛びかかってきそうだ。こんなことになるなら寄り道なんてしなければよかった。
たすけて!
「ソラ、ドナルド、グーフィー」
届かないと分かっていても、呼ばずにはいられなかった。
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