ルシファーはとても狡猾で、豪快に爪を振り回したかと思えば不利になるとすぐに高い場所へと逃げ、その高さを利用してこちらへ飛びかかってくる。
 フィリアはヴェントゥスと共に魔法での攻撃を何度も試みるが、体格の割にすばしっこいルシファーをなかなか仕留めることができなかった。

――雷よ!」

 降りてきたばかりを狙ってサンダーを放ってみるも見破られ、ルシファーは再びタンスの上へ跳び逃げていく。

「またあんな高いところに!」

 己の体が本来の大きさだったならと歯がゆく思う。先ほどからずっとこんな追いかけっこの繰り返しで、このままではこちらがもたない。

「あいつ速いな」
「追いつけないね」

 ヴェントゥスと、遥か高い場所でくつろいでいるルシファーを睨みつける。こうなったらあちらから来るように仕向けるしかない。つまり、囮と罠だ。

「ヴェン。私がルシファーを引き付けるから、その隙に攻撃して」
「そんなのダメだ!」

 思いついた作戦が、即ヴェントゥスに却下された。

「でも……」
「絶対にダメ!」

 そんなに力いっぱい否定しなくても。……少しばかり落ち込んだ。先ほどあんな状態になったからだろう。情けないし、悔しかった。

「それじゃあ、どうするの?」

 ヴェントゥスに訊ねると、ヴェントゥスは考えるように唸った後足元の床を指した。

「フィリア。ここら辺の床に、思いっきりブリザドをかけてみて」
「床に?――凍れ!」

 指示通り、ブリザドを思いっきり床へぶつけてみた。たちまち床に薄い氷の膜が張る。

「これでいいの?」
「もっと。もっと凍らせて!」
「もっともっと……凍れー」

 言われるまま更に床に氷を張ってゆく。夢中になって唱えてゆくと氷はシンデレラの掌4つ分くらいの大きさにまで広がっていた。

「あっ、フィリア!」
「わっ」

 背筋に悪寒が走るのとヴェントゥスの声は同時だった。左側へ跳ぶと、氷の上にルシファーが降りてきてその重みと衝撃でせっかくの氷にヒビが走る。
 ルシファーが勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、自分めがけてその黒い腕を振り上げてきた。

「この!」

 ヴェントゥスがルシファーの体を支えるもう片方の前足へ薙ぐようにキーブレードを振るう。前足を持ち上げ軽々とそれ避けたルシファーは、両前足を床から上げた格好になった。

――雷よ!」

 そこにすかさずフィリアがサンダーを足元へ放つ。不安定な体勢のまま無理にジャンプをしようとしたルシファーは、後ろ足を氷でツルリ滑らせて頭を床に叩きつけ目を回した。

「やったあ!」

 ヴェントゥスと喜びあうのもつかの間、ルシファーが低く唸りだした。頭をふらつかせながらも牙を剥きだし、再び立ち上がろうとしている。

「フィリア、ちょっとイスの下に隠れてて」
「うん?」

 ソファーの下へ移動してヴェントゥスの方を振り返ると、倒れているルシファーの背の上に乗っている。いったい何をする気なのだろうか?
 意識を取り戻したルシファーが、ヴェントゥスが背に乗っていることに気づき身をよじる。剥がれないと分かると次は振り落とそうと思ったのか、部屋の中をがむしゃらに走りだす。
 ルシファーの背の上にしがみついているヴェントゥスが今にも振り落とされてしまいそうでハラハラする。だが、あそこまで密着しているところに魔法を撃ったらヴェントゥスにまで当たってしまうので何もできない。
 めちゃくちゃに部屋を走りまわっていたルシファーが窓側の机の上を走ったとき。ヴェントゥスがルシファーの右髭を引っ張った。釣られるように方向を右に逸らしたルシファーは、置かれていた本に激突してしまう。
 思いきり顔をぶつけたルシファーの足元ふらつく。その間にヴェントゥスがルシファーの背から降りた。

「フィリア、魔法を!」
「あっ――雷よ!」

 反射的に放った小さな電撃はルシファーの尻尾でパチッと弾けた。その刺激に驚いたルシファーは悲鳴を上げながら跳びあがって、背後の窓から落ちていった。





「ヴェン!」

 フィリアは急いで机の上にいるヴェントゥスの元へ駆け寄った。

「なんとか追い払えたな」

 ヴェントゥスが軽快に笑う。どうやら怪我はなさそうだ。

「ルシファーの背に乗るなんて。見てて、とっても怖かった」
「結構、楽しかったよ」
「もう……」

 無事に戦闘が終わった安堵で、どちらともなく柔らかな笑みを零れる。

「ありがとうヴェン、フィリア」

 背後にあったネズミの穴からジャックが戻ってきた。

「あのルシファーに勝つなんてすごいや。俺はあの時、もうダメかと思ったよ」
「助けるのは当たり前だろ? 友達なんだから」
「うん。それに、ジャックも私を助けてくれたでしょ?」
「二人とも……」

 ジャックが自分とヴェントゥスを交互に見た。心なしかヒゲが震えているように見える。

「ああ、そうだな!」

 鼻をこすりながら、ジャックがにっこりと笑顔を見せた。




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