「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
「ちょっと待った!」
全員で片腕を振り上げ出発しようとしたら、聞いたことのない声に出鼻をくじかれる。
「もう、なんだよ?」
「今のは誰?」
ガクーッと前のめりになりながら、ソラと周囲をきょろきょろした。ちょっぴりかすれ気味で、優しそうな声。壮年の男性を想像したが、満員のグミシップのどこにも見つからない。
「ドナルド。グーフィー。私を彼らに紹介してくれるかな」
「あっ、忘れてた」
ドナルドの視線は彼の手元、操縦席の机の上に向けられていた。よく見れば、そこで小さな何かが跳ねている。多少くたびれてはいるものの、上品な身なりをしたコウロギが一匹……。
「ジミニーだよ。僕たちの旅の記録係」
「王妃様の命令で、この旅に同行するんだ」
グーフィーがにこやかに彼の名を呼び、ドナルドがため息をつきたそうな顔で説明を付け足した。
二人は少しも気張った様子はないけれど、これは彼らの王国の極秘命令による重要な旅であり、王妃――国のトップが記録まで管理していることに、今更ながら緊張してくる。
「俺、ソラ! こっちはフィリア。よろしくな!」
ソラが元気よくあいさつすると、彼はうん、と頷いた。
「私はジミニークリケット。ソラたちに会えて、私もようやく自分の役目を果たせそうだ」
ジミニーが彼に合ったサイズのメモ帳を片手に微笑む。目元にたくわえられたシワの数が彼の年齢を感じさせた。
掌サイズのおじいさん。共に戦線に立てるとは思えないが一応訊ねてみる。
「ジミニーも、いっしょに戦うの?」
「いや……そうしたいけれど、なんせこの大きさだからね。その代わりと言っちゃなんだが、旅のどんな記録でも、思い出したくなったら私に聞いておくれ」
メモ帳を閉じて、ジミニーはソラの座席へひとっ跳び。上手く彼の肩に乗った。
「ソラ。旅の間は君のフードの中に匿ってもらえるかい?」
「え、俺の? まぁ、いいけど」
ソラはあっさり了承し、ジミニーをフードにしまいこむ。ドッヂロールの時に潰されてしまわないかとか、背後からの攻撃が当たらないかとか、少し心配になった。
「そういえば、あと二人紹介しなくっちゃ」
ドナルドが操縦席のボタンを押せば、グミシップの画面にお揃いのエプロンをつけた二匹のシマリスたちの背が映る。しましまで短いしっぽを振っていた二匹は、こちらに気付くとピョコンと画面にへばりついた。ふたつの鼻とふわふわのほっぺばかりが視界を埋める。
「わぁ……かわいい」
「ちょっと、近すぎだよ!」
ドナルドに叱られて、やっとシマリスたちは一歩下がった。
「はじめまして! 僕たちは、グミシップのナビゲートを担当するチップと」
「デールだよ〜」
「よろしくねー!」
黒い鼻がチップ。赤い鼻がデール。一緒にピョコピョコ跳び跳ねる姿が愛らしい。
「俺はソラ!」
「私、フィリア。よろしくね」
「ん?――フィリア!?」
「な、なに?」
チップからすっとんきょうな声で呼ばれ、思わずこちらも大きな声を出してしまう。シマリスたちはじぃーっとこちらを見つめたかと思えば二匹だけでこしょこしょ話し、やっぱりフィリアだと頷いている。
「僕たちと、ずっと前に会ったよね?」
「え……」
「忘れちゃったのー?」
表情が固まり、息すら忘れそうになった。彼らは自分の過去を知っている? 嬉しさはなく、ただただ怖くなった。返事をできずにいると「僕たちと試合したじゃない」とか「見た目は変わらないけど、雰囲気はちょっと変わったね」など言葉が重ねられてゆく。知らない――分からないと答えなくちゃ。そう思っていてもドクドク心音が胸を叩き、頭の中は真っ白だ。
「どうして何も言ってくれないの?」
「あ……私、その……」
問うてきたチップの顔が見られず、うろうろ視線を彷徨わせた。ハンドルに頬杖をついていたドナルドが怪訝な顔をしてモニターを見やる。
「二人は外の世界に出ていないでしょ? フィリアはソラと同じ世界の子だぞ」
「あ――フィリアは俺にとっても、別の世界から来た子なんだ」
とたんにグーフィーがこめかみに手を添え少し唸った。
「ねぇドナルド。僕たち、前にどこかでフィリアって名前を聞いたことがなかったかなぁ?」
居心地の悪い中、それだけははっきり答えられる。ドナルドが答えるより先に言った。
「私の名前は、私が覚えていなかったから、ソラがつけてくれたの」
「初めて会ったとき、フィリアはフィリアだって思ったんだ。いい名前だろ?」
ソラのニコッとした笑顔に少しホッとする。
「うん。私、この名前とっても好き」
モニターから腑に落ちない声が流れてくる。ドナルドが呆れた顔して二匹に訊ねた。
「だいたい、会ったっていつの話?」
「えーと……」
シマリスたちが腕を組む。思案中もせわしなくしっぽが動いた。
「ピートが僕たちのレースを荒らしていた時だったから……」
「もう十年くらい前かなぁ」
小さなシマリスたちの実年齢が気になるところだ。ソラが首をかしげる。
「それって、フィリアが小さかった頃の話か?」
「僕たちが会ったフィリアも、そのフィリアだよ」
「その」扱いで、小さな指を二本向けられる。
「それなら、今はとっくに大人じゃないか。別の人じゃないの」
長話を切りたがっている様子でドナルドが結論づけた。そんな気持ちを感じ取ったチップとデールも「そうかなぁ」と自信なさげに引き下がってゆく。
「私と同じ名前で、よく似た見た目の女のひと……」
不思議と言うよりは、不気味だった。幽霊や妖怪の話でも聞いた気分だ。もう一人の自分……確かドッペルゲンガーといって、もし会ってしまったら死んでしまうとか……。
「う〜〜ん。フィリアと何か関係がある人なのかもしれないね」
「俺、ちょっと会ってみたいかも」
グーフィーのフォローをソラの面白がり、やっとその話は終いとなった。
「よし。じゃあ、ここから一番近い世界を探してくれ」
ドナルドがグミシップのハンドルを握りしめる。チップたちは画面の中でわたわた動き、様々な機械を操作した。
「ちょっと待って……見つけた。十字の方向にひとつレーダーに反応があるよ」
「じゃあ、まずはそこへ行こう!」
「王様がいるといいなあ」
ドナルドとグーフィーは、世界の危機を察知した王の命令で鍵――ソラを見つけだしたはいいものの、共に行動せよと言われただけで具体的に何をすべきかは言われていない。だから、ひとまず王と合流を目指すらしい。
「それに、リクとカイリも!」
「うん!」
二人のことを想うだけで気持ちが明るくなってくる。ソラと微笑みあった後、窓の外に広がる暗闇の中に浮かぶ星たちへ、早く再会できますようにと強く願った。
H27.12.23
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