外に広がっていたのはハスの森だ。裁判所の中では違和感がなかったため、森の草花の大きさは自分たちが小さくなったことを思い出させた。普段は細かくて気にしない葉の縁のギザギザや葉脈までよく見えて、昆虫たちには世界がこう見えるのだろうなと楽しくなる。

「どうやってハートレスを捕まえよう」

 ソラへ一番に返事をしたのは、不気味に響く猫の笑い声だった。周囲を探すと、すぐ右隣に生えていた切り株の上にヘラヘラ笑う猫の顔が浮かんでいる。また女王の時のように、思わずソラの背後へ逃げこんだ。

「やっ……生首!」
「ちゃんと体も持っているよ」

 すると、確かに彼に相応しい猫の胴体も現れたが、頭と繋がっていなかった。それどころか片足で頭を踏みつけバランスをとってみせる。あまりに衝撃的な光景に目眩がしてよろけると、グーフィーが支えてくれた。

「頭は首の上にあるべきだなんて決まっちゃいないだろう」

 猫の体は人間のように二本足で立ったまま、頭を拾い上げ首の上にひょいと乗せた。

「誰だ!?」
「誰だろうね?」

 ドナルドの詰問に彼はのんびり返答するが、同じのんびりした声音でも、グーフィーと違って人をからかって試すような色が滲んでいた。

「かわいそうなアリス。もうすぐ頭と体がサヨナラだ。ハートなんて盗んでないのにね」

 その発言で、登場の姿が処刑されたアリスを皮肉ったものだと理解する。腹が立ったけれど、彼に対しまだ恐怖の方が大きかった。あの頭、動くとまたポロッと落ちるのでは……?

「犯人を知ってるなら教えてくれよ!」
「チシャ猫はなんでも知ってる。でも教えるとはかぎらない。答えは闇の中、犯人も闇の中。チシャ猫も闇の中……」

 不思議な言葉と共に、彼の姿がすーっと消えてゆく。慌ててソラが呼び止めた。

「待って!」
「犯人は森を通って出て行ったよ。どこの出口か教えない。証拠の品は全部で4つ。3つはすぐに見つかるよ。だけどひとつは難しい。見つけられたら、ごほうびあげる」

 言葉が終わるより先にチシャ猫の姿が消える。真っ当な生き物とはとても思えない。化物? 妖怪? それともおばけ? ぐるぐる考えても答えは分かりそうにない。

「いろいろ教えてくれたねぇ」
「全部見つけて、あの女王に見せてやろうぜ」
「あのチシャ猫が用意してくれたのかな」
「信用していいのかなあ……」
「信用したい? したくない?」

 ドナルドの呟きを捕らえて、再びチシャ猫が現れる。

「選ぶのは君たちさ」

 登場と同じく不気味な高笑いを残し、今度こそチシャ猫は去っていった。しばしの沈黙の後四人で顔を見合わせて、最後にソラへ集中する。

「とにかく、森の中を探してみようぜ」

 そうして、果てがわからない森の探索をすることとなった。










 沼を中心に、森じゅうにそびえ立つ大きな葉っぱ。初めて見るはずなのに、なぜかとても懐かしい。証拠品を探しつつ、目の前の葉っぱを撫でてみた。

「ドナルド、これ、何の葉っぱか分かる?」
「これはハスの葉だね。花は見当たらないみたいだけど」
「ハス…………きっと綺麗な花なんだろうな」

 そのとき、グーフィーがなにかに気づいたようで、素早く盾を全面に構えた。

「みんな、気をつけて!」

 彼特有の声で緊迫感を覚えず「何に?」と聞き返そうとした。

「危ない!」
「わぁっ!?」

 突然ソラに手を引かれ、這い出てきたシャドウの爪を紙一重で避けた。チッと掠めた服の端が綺麗に切り裂かれている。

「ハートレス!」

 ソラがキーブレードで一番近くに現れたシャドウを殴る。いつの間にか宙にはレッドラプソディが飛び回り、葉の影からソルジャーが、まだ見えぬ森の奥からはラージボディまでわらわらと現れた。その全員が、しかとこちらを見つめている。

「フィリア! 俺から離れないで!」
「う、うん……」

 返事をしたものの初陣からいきなり大規模な混戦だ、すぐにパニックに陥った。殺到してくる敵から逃げて回っているうちに、どんどんソラと離れていってしまう。

「燃えろ!」

 側にいたドナルドの杖から炎玉が飛び出した。そうだ、魔法で戦わないと。
 両手を前に突きだして、迫ってきているシャドウの一匹に狙いを定める。
 思い切り力をこめるとその分威力のある魔法が撃てるが、一度に使える魔力には限界がある。魔法でしか戦えない者は残量を考えて扱わなければならないと教えられた。

「ほ――炎よ!」

 ドナルドの魔法をお手本に唱えると、確かに同じ火炎玉が具現してシャドウに当たり爆発した。けれど消滅させるには至らず。衝撃によろけはすれど、痛覚を持たないのか、ケロッとしている。

「もう一回……あ、きゃあっ!」

 背後からの接近に気づいたのは最後の一瞬だけ。ラージボディの突進をまともに食らってしまい、ドナルドごと突き飛ばされた。




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