「こらーっ! フィリアを離せ!」

 乱戦の中、ドナルドの怒声でその状況に気がついた。襲ってきていたソルジャーを倒して振り向くと、ラージボディが気絶したフィリアを持ち抱えている。ドナルドが杖でポカスカ殴りつけているが、腹の弾力に弾き返され全く効いている様子がない。
 助けなきゃ。キーブレードで狙いを定め、覚えたての魔法を撃つ。ファイアは思った以上の威力でラージボディの顔面で爆発し、フィリアに当たらなかったかヒヤヒヤした。

「今だ、グーフィー!」
「ほいっ!」

 ラージボディの背後に回り込んだグーフィーが盾を構え攻撃する。衝撃にふらついているところを頭を叩き、やっとラージボディが心を弾き出した。

「ドナルド、フィリアを!」

 二人を守りながら、残っているハートレスと戦う。敵はみんなティーダたちほど強くはないけれど、たくさんに囲まれたら厄介だ。目の前に集中すれば頭上から、上を見れば足下から攻撃がやってくる。ドナルドを切り裂こうとしたシャドウの一撃を不安定な体制で受け止めて、頬をちよっぴり引っ掻かれた。
 なんとか全てのハートレスを倒しきりドナルドたちへ駆け寄ると、ドナルドは「フィリアの治療はした。今は気絶してるだけだ」と答えてポーションを飲みはじめた。
 くったりとした様子で眠るフィリア。自分のことで精一杯で、誰かを守りながら戦う難しさに歯噛みした。

「さっきのハートレス、フィリアのことを連れていこうとしてなかったか?」
「そうだねぇ」
「どうしてだろう?」
「そういえば、島が闇に飲み込まれるときも、フィリアは――」

 そこで言葉を止める。フィリアが目を覚ましたからだ。
 フィリアは何度か瞬きを繰返し、ゆっくりと顔を上げた。

「あれ、私……?」
「大丈夫か?」
「ソラ」

 体のあちこちを見回して頷くフィリア。外の世界からやってきて、ハートレスたちが拐おうとしている――この子はいったい何者なのだという疑問が強くなった。

「ソラ。ほっぺ、怪我してる」

 おもむろにフィリアが手を伸ばしてきて、頬に触れるか触れないかの距離で緑色に輝いた。それきり頬にあった傷の痛みが消えてしまう。

「フィリア、いまのは、魔法?」
「分からない……」

 唱えた当人であるフィリアも小首をかしげた。

「ソラの怪我を治したいって思ったら、できたの」
「ケアルだ」

 いつの間に覚えたの。ドナルドがくちばしをパカッと開けっ放しにする。

「ケアル……」

 フィリアが唱えた手をまじまじと見つめた。

「フィリア、すごいねぇ。もう新しい魔法を覚えたんだね」
「ん。そう、なのかな……」

 グーフィーにあいまいに答えてから、フィリアはまたこちらを振り向いてにっこりした。

「またソラが怪我したときは、私がケアルしてあげるね」
「え……?」

 どうしてだろう、そのとき心臓が強く脈打った。ぎゅうと胸がしめつけられるような感覚に襲われ、嬉しいような切ないような奇妙な気持ちがこみあげてきて――しばし、目の前にいる女の子から目が離せなくなる。

「ソラ? もしかして、嫌だった?」
「ううん、そんなんじゃないって!」

 ハートレスに狙われて、強力な魔法を使える理由は気になるが……平凡に育ってきた自分だって、いまはキーブレードに選ばれた勇者と呼ばれ、魔物たちと戦うことになってしまった。

「どんな事情があっても、フィリアはフィリアだよな」
「ん?」

 頭の上でハテナを浮かべるフィリアへ笑顔をつくる。彼女がたとえ何者であったとしても、大切な友達に変わりはない。










「エーテルちょうだい」
「えっ?」

 森をまだいくらも歩いていないのに、どこからか囁いてくる声がした。またチシャ猫かとも思ったが、これは彼のよりきれいで優雅な音質だ。

「フィリア。手持ちのエーテル、全部無くなっちゃったのか?」
「ううん、まだ残ってるよ」
「じゃあ、誰が……」
「エーテルちょうだい」

 今度は確かに声の方向を捉えて横を向いた。大きな黄色い蕾がいる。

「エーテルちょうだい」
「花がしゃべった!?」

 いちいち飛び上がって驚くフィリアとドナルド。ドアノブと違い顔のパーツは見当たらず、いったいどこから発声しているのか気になるが、とりあえず言われた通りにエーテルを花に掛けてやると、蕾がほころび満開となって、お礼にキャンプセットをくれた。

「ドナルド、このお花はハスじゃないよね?」
「ハスは水面に咲くんだ。これじゃないよ」

 二人の会話中にまたレッドオペラが現れたので、グーフィーと一緒に追い払う。

「あ、あれを見て」

 フィリアが自分達の身長ほどもあるキノコを指した。その横に、可愛らしいピンクの小箱が置いてある。きれいにラッピングされ、まるでプレゼント箱のようだ。

「なんだこれ」
「カードが付いてるぞ……『足あと』だって」

 拾い上げた箱に付いていたカードを、ドナルドがうさんくさそうに読み上げた。

「チシャ猫が言っていた証拠かなぁ」
「それじゃあ、あと3つ探せばいいんだね!」

 グーフィーとフィリアが頷き合う。

「よーし! みんな、箱を探そう!」

 箱は暗い森の中では目立つ色だ。見逃すことはないと思うが、またハートレスが出てきたら分からない。気をつけなくちゃ。





★ ★ ★





 チシャ猫の言った通り、他にも2つは簡単に見つかった。キノコを足場に高く育ったハスの葉の上には「トゲ」が。木の通路を潜ればドアノブが寝ている部屋に繋がっていて、台所のコンロの上に「におい」の箱をそれぞれ見つけた。途中、ソラが花に大きくしてもらって踏みつけられそうになったり、木の実を食べたら瞬く間に小さくなりドナルドの上に着地してしまって……

「ソラァ!」
「ワザとじゃないって!」

……という調子でケンカになりかけたりした。
 レオンが気にしていた子犬たちも、三匹だが見つけることができた。16・17・18と書かれた箱がキーブレードの命令で開いたとき、飛び出してきた子犬たちは短い尻尾を千切れんばかりに振りながら、ひとしきり全員の頬を舐めまくった。

「子犬たちのリードを引きながら戦えないよね」
「もちろん、こんな危険な旅に連れて歩くわけにはいかないよ」
「じゃあ、一度グミシップに戻るのか?」

 ドナルドが得意気に微笑んだ。

「僕をだれだと思っているの?」
「ドナルドだよねぇ」

 グーフィーの答えはドナルドの望むものではなかったようで、ドナルドは軽く彼を睨みつけた。

「天才宮廷魔導師ドナルドダックだ! オホン、子犬たちは僕の魔法でトラヴァースタウンへ送るよ」
「そんなことができるのか?」
「まぁ、見てて」

 ドナルドがくるりと杖を振るうと、キラッと光って子犬たちの姿が消えた。テレポという魔法の応用らしい。黒斑点の毛並みを撫でていた手が少し寂しい。

「すげぇ」
「魔法でこんなことができちゃうなんて!」
「これくらい、朝飯前さ」

 胸を張るドナルドに、ソラがハッとして質問した。

「それができるなら、俺たちグミシップで移動しなくても良くないか?」
「いくら僕でも、知らない場所に送ることはできないよ」
「ちぇーっ」
「それにこれは、扱いには気をつけなきゃいけない魔法なんだ。僕が安全に動かせるのはせいぜい手のひらサイズくらい」
「ふーん。便利だと思ったのに」
「いつか、私たちにも使えるようになるのかな?」

 掌を見つめながら、敵を倒すものとしか使えない魔法の可能性にワクワクした。





 森にたくさんある通路はどれもドアノブの部屋のいたるところへつながっていて、出たり入ったりしているうちに、細い棚の上にたどり着いた。

「箱があったよ!」

 グーフィーが最後の箱を見つけて、ソラが拾う。

「『しょうこの爪あと』だって」
「おやおや、良く見つけたね」

 ドナルドがカードを読み上げたタイミングを見計らったのか、少し離れた場所に再びチシャ猫が姿を現した。今度はまともな姿だったのでホッとする。

「これでアリスを助けられるよ」
「そうと決まったわけじゃない」

 ソラへチシャ猫がニンマリと笑う。その笑顔は、なんだか嫌な感じがした。

「アリスは無罪かもしれない。だけど君らはどうなるかな?」
「どういうこと?」
「教えてあげない。かわりにあげる」

 チシャ猫の居る方向から冷たい風が吹いてくる。風は肌を撫で包んですぐに消えたが、まるで炉に火を入れたように――炎や癒しの力と同じ――自分の奥で忘れていた感覚を蘇らせた。

「氷の力……」

 願うだけで、指先で氷の結晶が細かく舞う。これも戦うための力だ。なぜ自分はこんな力ばかり知っているのだろう。

「上手く使いこなすんだね」

 チシャ猫は尻尾をひと振りすると、空気に溶けていった。




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