「証拠品はひとつでもいいし、たくさん集めてもいい。準備ができたら、ここにもどっておいで。いいね!」
不当な裁判をひとまず中断に持ち込めて、ホッと胸を撫で下ろした。
「ドナルド、グーフィー。ありがとう」
「まったくもう……しょうがないなぁ」
ドナルドは苦虫を噛みつぶしたような顔でグワァ……と肩を落とした。
「ねえ。あの子のところへ行ってみようよぉ」
「そうだな」
しかし、トランプ兵が女王の許可が必要だと通せんぼする。裁判長席で不貞腐れているあの人に話しかけてもまた怒鳴られるのは目に見えているので気が進まない。なので、トランプ兵よりは立場が上らしい白ウサギに話しかけてみることにした。
「ウサギさん、アリスとお話しがしたいの」
「女王様のお許しがなければなりません」
つれない返事どころか、白ウサギは頼んでもいないのに彼女のことをつらつらと説明し始める。
「玉座にいらっしゃるあのお方こそ、気高いハートの女王様なのであります。女王様が間違いをおかすことなど、ありえないのです。女王様の御前で、裁判の正しさを疑った者など、ひとりもおりません。女王様こそ、この世界の法律そのものであります」
「さっきの裁判も、だからあんな感じだったんだね……」
そんなに人望がある性格には感じられなかったが、女王の家来たちはみんな彼女に逆らえないようだ。ソラが仕方なく女王に声をかける。
「おーい、女王様!」
「……もう証拠は見つかったんだろうね?」
「え? いや、それはまだ」
「愚か者! さっさと証拠品を探しておいで!」
吐き捨てるような言い方にソラがムッと眉根を寄せた。ドナルドが止める間もなく、女王の椅子の前にある台に立つ。
「ちょっとでいいから、アリスと話をさせてよ」
「そんなところに立つんじゃない! なんて無作法なんだろうね。アリスと話したければ勝手にすればいい。早くおしよ!」
ガミガミ言われ、辟易した表情のソラが戻ってくる。
「ソラ、おつかれさま」
「うん、早くアリスと話してみよう」
牢番をしているスペードの1にようやく許可を得たと伝えると、彼は持っていた斧をひと撫でした。
「むやみに被告に近づくな!――おまえも疑われるぞ。疑われたくなかったら、妙な動きをするなよ。守りは万全! 被告の脱走は絶対に無理だ」
ジロジロ見られつつ、それからやっとアリスのもとへ。小鳥のように籠に閉じ込められた少女は柔らかそうな金髪を黒いリボンで飾り、可憐な声に相応しく可愛らしい容姿をしていたが、今はその表情を曇らせている。彼女はこちらに気づくと、一変して笑顔を見せた。どことなくカイリに雰囲気が似ている。
「私、アリスっていうの。あなたたちは?」
「俺はソラ」
「私はフィリア」
「僕はグーフィー。で、こっちはドナルドだよ」
アリスは順にこちらの顔を見て微笑んだ。
「はじめまして。こんな時じゃなかったらたくさんおしゃべりしたいけど……会ったばかりなのに、おかしな裁判にまきこんでしまってごめんなさい」
「なんで裁判なんかにかけられたんだ?」
ソラの問いに、彼女はバラと同じに染まった頬をぷうと膨らませる。
「私の方が知りたいわ。女王様ったら、私の顔を見たとたんに、いきなり犯人だって決めつけたの」
「ひっどいなあ」
「あの女王様とは、知り合いなの?」
「まさか。出会って一日も経っていないわ。私、帰り道が分からなくなっちゃって、ここへは仕方なく来ただけなの」
アリスの表情はコロコロ変わり、今度は深くため息をついた。
ソラがまた質問する。
「キミはどこから来たの?」
「ええと……よく覚えていないの。確か、原っぱで本を読んでもらっている時に、不思議な穴を見つけたのよ。のぞいてみたら、まっさかさまに転がり落ちて――気がついたら、ここにいたの」
「外の世界から来たのか……」
「不思議な穴って、私たちの通ってきたあの穴のことだよね?」
グーフィーとドナルドの方へ訊ねると、二人とも同じ方向へ首をかしげた。
「変だねえ。普通の人は違う世界を行き来できないのに」
「う〜ん。なんでだろう?」
この中で一番そういう事柄に詳しいドナルドが、眉間にシワを寄せていた。
「ねえ、外の世界って、なんのこと?」
「こら、被告人は静かにしていろ!」
興味津々にこちらを覗いていたアリスを、スペードの1が叱りつける。アリスはまたため息を吐いて空を見上げた。
「こんなことになったのも、あの穴をのぞいちゃったからだわ。好奇心が強すぎるのも考え物よね。もっとおりこうにならなくちゃ」
アリスは頭の回転が早く、そしてちょっぴりお喋りな子なのだろう。反省の言葉を口火に可憐な唇が怒濤の勢いでしゃべり始める。
「森で会ったチシャ猫に帰り道を聞いたら『女王なら知っている』って教えてくれたわ。それで女王様に会いに来たら、つかまってしまったのよ。あの人ったら、私の言うことなんか全然聞いてくれないんだから! 私、あの人のハートなんて
盗んでいないのに……困ったわ、どうしましょう。このままじゃ首をはねられちゃう! 頭と体が離ればなれになってしまったら……クッキーを食べても、ちっともおなかに届かないじゃない!」
「おい。弁護人」
アリスの暴走を止めてくれたのは、少々げんなりした様子のスペードの1だった。
「早く証拠品を捜しに行け。女王様をお待たせするな。時間稼ぎしてもムダだぞ」
そこかしこに控えている兵隊たちからの疲れきった視線に気がついた。早く裁判を終わらせてくれと、顔にありありと浮かんでいた。
「アリスがこれからもクッキーを楽しめるように、証拠品を捜してくるね」
「おねがいよ。私、まだ死にたくないの」
「任せとけって!」
アリスに手を振って、一度裁判所を後にした。
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