狭苦しい部屋で待機していると、マレフィセントに礼拝堂へ呼び出された。薄暗い照明のなか、魔女は靴の音をはるか高い天井にまで響かせる。

「リク……私がおまえの友だちを探す代わりに、おまえに私の手伝いをしてもらうと約束をしたね」
「そうだな。あんたは俺にいったい何をさせるつもりなんだ?」

 マレフィセントは顔色をちっとも変えず、「それ教える前に」と話を区切った。

「おまえが本当に私の願いを叶えられるかどうか、確かめさせてもらうよ──これをごらん」

 マレフィセントが演出がかった仕草で両腕をあげると突然宙に闇が現れ、腰くらいの大きさの魔物が具現化された。頭の先からつま先まで真っ黒で触覚が生えている。口は見当たらず、二つの金色の光だけが爛々と輝いていた。説明がなくても本能で理解する。こいつは野生動物なんかよりずっとずっと危険なやつだと。

「なんだっ!?」

 とっさに木剣を構えるも、魔物はその場から動かず触角をあちこちに向けて蠢いていた。

「こいつはハートレス」
「ハートレス……?」
「闇に巣食う魔物さ。あらゆる心を嗅ぎつけて奪い取る。人の心だろうが、世界の心だろうが、おかまいなしにね……いま世界じゅうにこいつらが蔓延っているんだ」

 心を奪うということ事態、信じがたいことである。島ではこんな存在など見たことも聞いたこともなかった。

「それならどうして今、俺たちを襲わない?」

 マレフィセントの説明の間も魔物はお行儀よく立ちすくんでいた。こちらの質問に気を良くしたのか紫色の唇がゆっくりつりあがる。

「この世界の中では、ハートレスといえど私に逆らえるものなどいやしないのさ。だが、おまえには他の世界に行ってもらうこともあるだろう。その時、こいつらに負けるようじゃ話にならない──さて、おまえの得物は剣のようだね」

 マレフィセントが持っていた杖を掲げて円を描くように回した。黒い霧が集い、動き、こちらの手元で凝縮される。黒霧が晴れたとき、手にはコウモリの羽のような剣が握られていた。柄に飾られた水色の瞳がギョロリとこちらを見た気がしぞくりとする。

「それをお使い」

 マレフィセントがハートレスに指を振ると、ハートレスが次々と現れだしてぐるりと周囲を取り囲まれた。見た目よりは軽い剣──ソウルイーターを構える。

「さぁ、リク。おまえの力を見せておくれ」

 ハートレスがひくりと反応し、いっせいにこちらを向いた。獲物を狩る目だ。飛び上がって襲い掛かってきたので、ソウルイーターをしっかり握り締め、目の前のハートレスにつっこむように斬りつけた。すばやく二回斬りつけただけで消え失せる──脆い。
 初撃を外したハートレスたちの視線が追いかけてきた。床に手をつき体勢を整え、振り向きざまにどんどんハートレスを消滅させる。視界の端でマレフィセントが嬉しそうな表情をしているのが見えた。
 鎧を着たもの、太ったもの、赤や青の空を飛ぶものなど次々現れたが難なく倒してゆく。ようやくハートレスが収まったのは、さすがに疲れて息ぎれをはじめたときだった。

「よくやったね、リク」

 マレフィセントが猫なで声で近づいてくる。

「おまえになら私の頼みを任せてもよさそうだ」
「それはどうも」

 肩に気安く触れてくる長い爪の手は冷たくて気持ち悪く、すぐ振り払った。





 To be continue... 




H26.12.31-27.3.14





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