ねずみ用の裏通路はフォークやマッチの箱などの足場が適度に設置されていて、まるでアスレチックのようだった。
 遊んでいるような気持ちでフィリアたちが最初の部屋に戻ってくると、中から女性たちの声が聞こえ、バタバタと物音がする。
 気配が去ってから部屋を覗くと、先程と同じ場所とは思えないくらい散らかされていた。しかし、落ちているものはどれもドレスの材料になりそうなものばかり。

「たくさん落ちてる!」
「これなら、ジャックの言っていた材料も集まりそうだ」

 マスター・エラクゥスがこの場にいたら「だらしがない」と言いそうなこの部屋は、今自分たちにとって宝の山。浮きたつ気持ちのままヴェントゥスに話しかけた。

「ヴェン、競争しようよ。たくさん材料を見つけたほうが勝ち!」
「わかった!」

 よーい、どん!
 合図をして、ヴェントゥスとの宝探し競争を開始した。










 部屋の探索を始めてから数十分後。フィリアはピンクのリボンと白いレースを手に入れていた。箱の上では白いリボンも発見し喜んで回収していると、離れた台の上にヴェントゥスが立っているのに気がついた。

「ヴェンー! どれくらい集まったー?」

 手を振りながらヴェントゥスに話しかければ、すぐにヴェントゥスも片手を振り返してくれた。
 ヴェントゥスが持っているのは白いボタンとピンクの糸。どうやら勝負はこちらの勝ちかな、なんて思った時、ヴェントゥスの顔から笑みが消える。

「フィリア! 危ないっ!!」
「え?」

 言われて右側からの気配に気づく。火を纏ったアンヴァースが自分に目がけて体当たりをしてきていた。

「わっ!?」

 咄嗟に重心を後ろに倒し何とかその攻撃を避けたのだが、側に置いていたリボンを踏んで足が滑った。ズルンとバランスが崩れ体が傾く。

「きゃ……」

 落ちる。箱の端にいたので倒れる先は部屋の床。そしてここから床までの距離は確か自分の身長の4倍以上あったはず。

「フィリアっ!!」

 ヴェントゥスの声を聞きながら、重力に従ってフィリアは床に落ちていった。





★ ★ ★





 フィリアが箱の向こう側へ落ちていったのを見て、残されたヴェントゥスは今までないほどに焦っていた。その顔色は真っ青で、頭の中がぐるぐると回っているような錯覚に目眩がする。
 落ちた後フィリアからの反応がない。果たしてフィリアは無事なのか、どうして自分が側にいなかったのかを悔やみながら台から飛び降り、道を塞ぐアンヴァースを力任せに倒しながらフィリアが落下した場所へと向った。

「フィリア! フィリア、返事して!」
「……ヴェン?」
「フィリア! 無事か!?」

 声の元に駆けつけると、毛糸玉の上にフィリアが片足を抱えて座っていた。こちらを見て慌てたような顔している。

「うん。ちょうど落ちた先に毛糸玉があったから」
「そうか」

 安心と共に体から力が抜けた。
 たまたま毛糸玉があったからいいようなものの、もし床に叩きつけられてしまっていたら――考えただけで血が凍りつくようだ。
 フィリアが申し訳なさそうに笑った。少し顔色が悪い気がする。

「ちょっと油断しちゃった。心配かけちゃってごめんね」
「ああ……」

 違和感がする。フィリアが足を抱えたポーズのまま毛糸玉から降りないのだ。

「フィリア、降りないの?」
「えっと……」

 すると、そわそわと視線を泳がせ始めたフィリアを見てやっと気づいた。あの足首。

「もしかして、ケガしたのか?」
「う……」

 フィリアが言葉を詰まらせ硬直する。当たりか。

「……」
「フィリア」
「…………足首を、少しだけ」

 フィリアがしぶしぶこちらに見せた足首は赤く腫れあがっていた。
 あの時自分が側にいたらきっとこんな怪我を負わせずに済んだのに。自分の甘さを痛感しながらフィリアの方へ近寄った。するとフィリアが焦りだす。

「これくらいなんともないよ。すぐにケアルで治しちゃうから」
「俺がする」
「えっ、あ、冷たっ」

 返答を待たずにちょうど目の前の高さにあった足首に触れると、フィリアが肩を跳ねさせた。こちらの手が冷たいのではなくてフィリアの足首が熱いのだ。これはかなり痛むはず。……少し落胆した。痛いときくらい素直に痛いと伝えてくれればいいのに。

「ヴェン。私、自分で」
「いいから。じっとして」

 問答無用でケアルを唱える。始めてしまえば、フィリアは黙って大人しくなった。





「……もう平気」

 しばらくケアルを唱え続け、赤みが引いたときにフィリアが言った。

「本当に? 我慢するなよ」
「うん、もう痛くない。ありがとう」

 礼を言いながらフィリアがそそくさと足を引っ込める。辛そうな、苦い表情を浮かべていた。

「俺のケアル下手だった?」
「え? ううん、上手だったよ」
「それじゃあ、俺にケアルされたくなかった?」
「そんなことあるわけないでしょ?」

 フィリアがきょとんと首を傾げる。違うなら、今の表情はなぜなのか。

「あ、そうだ」

 フィリアがそのまま立ち上がった。丸い毛糸玉が不安定にぐらぐら揺れる。

「うわっ、治したばかりなのに無茶するなって!」
「ヴェンがケアルしてくれたから大丈夫だよ。それよりも見て、ピエロみたいでしょ?」

 制止を聞かずフィリアが両手を鳥のように広げて毛糸玉を転がし始めた。本当にピエロみたいだが毛糸玉はどんどんスピードを上げてゆく。

「フィリア! それ、止まるのか?」
「もちろん!…………あれ?」
「……」

 止まるどころか、毛糸玉はどんどんと速度をあげて部屋の中を暴走しはじめた。行く手を阻むようにアンヴァースが現れるが、激しく回転する毛糸玉は無慈悲に弾き飛ばしてゆく。

「や、やっぱり止まらないかも!」
「ちょっと待って……!」

 爆走する毛糸玉を追いかけて、ヴェントゥスは再び全力で走り始めた。




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