ジャックの後を追ってフィリアたちは埃っぽい壁の裏道を通り、狭く薄暗い部屋にたどり着いた。
初めにいた部屋の豪華さと比べるとこの部屋はかなり質素。少ない家具から、かろうじて女性の部屋なのだとわかる。
ジャックの待つ窓際まで行くと、外の景色が一望できた。星空の下、まるで月のように白く光る城に目が惹きつけられる。
「綺麗」
「あれは?」
「王さまのお城さ。今夜、この国のすべての娘を呼んで舞踏会が開かれるんだ」
王さま、お城、舞踏会。どれも絵本で読み憧れたものだ。あの美しい城で開かれる舞踏会、どれほど素晴らしいものなのだろうか。
「シンデレラも行くの?」
「それが……」
ヴェントゥスの質問にジャックが下を向いて言い淀むと、部屋の扉が開かれてシンデレラが戻ってきた。
「ジャック、二人とはお友達になれた?」
シンデレラの質問にフィリアたちは顔を見合わせ頷き合う。
「そう、よかったわね」
シンデレラが衝立を動かすと、その影から上半身の部分がピンクで、スカートが白い生地で作られているとてもシンプルなデザインのドレスが現れた。それを撫でながら、シンデレラが鼻歌を歌いだす。
「シンデレラ、楽しそうだね」
「ええ。今夜お城の舞踏会に出るの。信じていれば夢は叶うのね」
ヴェントゥスが話しかけると、シンデレラはうっとりと溜息を吐いた。舞踏会といえば、ダンスにドレス。
「ねぇ、シンデレラ。舞踏会にそのドレスを着ていくの?」
「そうよ。これは亡くなった母の形見なの。古いけれど、もう少し手を加えたらきっと素敵なドレスに――」
「シンデレラ!」
会話の途中で、再び階下から“あの声”が聞こえてくる。さすがに今度はシンデレラもうんざりとした表情で扉を見た。
「また何か用だわ」
「シンデレラ!……シンデレラ!!」
シンデレラが返事をせずにいると、ますます激しく呼び立ててくる。
「はい。聞こえているわ。今行きます!」
しつこく呼び続けてくる声に答え、シンデレラはまた部屋を出て行ってしまった。
★ ★ ★
ヴェントゥスが部屋の扉が閉まるのを見ていると、隣にいたジャックが髭を下げて呟いた。
「かわいそうなシンデレラ。きっと、舞踏会には行けないよ」
「どうして?」
フィリアと一緒に訊ねると、ジャックが怒りを露わにして身ぶり手ぶりで説明する。
「トレメイン婦人がドレスを用意しないと連れて行かないって言ってるんだ。それでわざと用事を言いつけてドレスが仕上がらないように邪魔しているんだよ!」
「そんな、ひどい! シンデレラ、あんなに楽しみにしているのに」
フィリアもジャックと一緒に怒り出す。舞踏会はシンデレラの夢。もし行けなかったらどれほど落ち込んでしまうだろうか。
「ヴェン、なんとかしてあげられないかな?」
「そうだな……」
フィリアが眉を下げて訊ねてくる。ネズミサイズの自分達に何が出来るだろう? 腕を組んで考えてみるが、妙案は浮かんでこない。
「……そうか! いいことを思いついたぞ! フィリアとヴェンも手伝ってくれればできそうだ!」
突然ジャックが顔を上げた。その目はウキウキと輝いている。
「何が?」
「ドレスだよ! シンデレラが舞踏会に着ていく! シンデレラが作れないなら、俺たちが作ろう!」
「それ、名案だね。私にできることなら、何だって手伝うよ!」
フィリアがジャックと共に飛び跳ね始めた。自分ももちろん賛成だが、ひとつ気になることがある。針や毛糸などはあるものの、この部屋にはドレスの飾りになるようなものが何一つ見当たらないのだ。
「ありがとう、フィリア! ヴェンも手伝ってくれるかい?」
「もちろん。でも材料はどうするんだ?」
「家じゅう探せばなんとかなるよ! すぐに他の仲間たちも呼んでくる。シンデレラのためならみんな協力するはずさ」
「わかった。だったら俺とフィリアが材料を集めるから、ジャックたちは仕立てを頼むよ」
「りょーかいだよ、ヴェン!」
「材料、たくさん集めてくるね!」
張り切っているフィリアの手を引き床に降りる。先ほど通ってきた通路へと歩きだしたところで、ジャックから「そうだ」という声がした。
「二人とも、ルシファーには気をつけるんだぞ!」
「るしふぁー?」
「凶暴な猫だよ。忍び足で近づいて襲いかかるんだ!」
何度も襲われているのだろうか。ルシファーのことを話すジャックの表情はものすごい剣幕だった。
原作沿い目次 / トップページ