ごうごうと響く滝の音で目が覚めた。

「どこだ――? ここは」

 まるで噴水の中央のように、ぐるりと滝に囲まれた場所で寝そべっていたらしい。自分の体よりも大きな氷が不思議な力であちこちに浮いていて、もっと目線を上げれば、見たこともない大きな城が建っていた。
 外の世界なのか?
 やっとあの窮屈な世界から出られたと、喜んだのは一瞬だけ。見回すも傍には誰もいなく、ひとりぼっちだった。
 ソラもここにいるのか? カイリとフィリアは……?
 好奇心に任せ開いた扉――世界に闇があふれて、焦った顔したソラに会って、それから――ぷっつりと記憶が途絶えている。

「ソラー!! カイリー!! フィリアー!!」

 滝の音に負けないくらい大きな声で呼んでみるも、返事はなかった。落胆をかくせず、ため息をつく。
 探しに行かないと。きっと、ソラたちも自分を探しているはずだ。不安から泣いているかもしれないし、危ない目にあっているかもしれない。自分が守ってやらないと。
 とりあえず、正面に構える城へ向かうことにした。いやに静かな世界だ。これほど立派な建造物があるのに生き物の気配がほとんどしないということは、もしかすると廃墟かもしれない。誰にも会えなかったらどうするか? しかし、その不安はすぐに解消されることになる。
 城の大きな扉が見えてきたとき、甲高いカラスの鳴き声が静寂を貫いた。扉の前に立つ人物がこちらへ気づくより早く、壁裏へ身を潜ませる。
 そこにいたのは、顔色の悪い女だった。引きずるほどに長い漆黒のローブを着ていて、頭からは竜のような角を生やしている。怪しい光を宿す杖を持ち、ぞっとするような雰囲気を纏っていた。

「おまえ、どうかしたのかい」

 女は持っていた杖先に止まるカラスに、優しい声音で話しかける。カラスの羽を指先で撫でてやっている姿は、はたから見ればとても仲睦まじいものだった。
 そんな光景を物陰から覗いていると、なぜあの女をそれほど恐れたのだろうという気持ちになってくる。逃げ隠れしていては、ソラたちを見つけられないじゃないか。
 カラスが身振りでこちらを示したことで、女がこちらに気がついた。

「そこにいるのは誰だい?」
「……俺はリク。あんたは?」

 思いきって姿を見せて、女に近寄りながら話しかけた。女はほう、と声をあげる。
 人を見た目で判断してはならない――いつか、誰かに教えられた言葉だ。人はそれほどに、外面で他人を判断しがちだ。けれどその直感はあながち間違っていないと思う。人相、服装、品性は、そのひとの生きてきた環境、人生の一面の表れだ。
 女は、釣りあがった目を凝らしてこちらを見た。紫に染めた唇は薄く、非情な性格思わせる。くっ、と口端をあげる笑顔は、ソラみたいに笑ったことがないのだろう、プライドの高さを感じさせた。何よりその瞳はどこまでも冷たくて、残酷で冷酷な気質であるという印象を受けた。
 心のうちで舌打ちをする。こいつはきっと、信用してはいけないやつだ。呑まれてしまわないよう、まっすぐ女を睨み返した。

「私はマレフィセント。この世界で私を知らない者はいないよ。リク――といったね。ようこそ、私の世界、ホロウバスティオンに。歓迎しようじゃないか」

 外の世界から来たことを見抜かれた。尊大な物言いといい、かなりやりにくい。

「訊きたいことがある。人を捜しているんだ」
「それはそれは……私に分かることなら、なんだって教えてあげるよ」

 表情をちっとも変えずに吐かれた言葉は、とても嘘くさかった。

「ソラとカイリとフィリア。この三人のことを知らないか?」

 自分と同じ世界に来ている可能性が特に高い三人を挙げれば、マレフィセントは少し考えるそぶりをする。

「そんな名前は聞いたことがないねぇ。きっと、ここじゃない別の世界に飛ばされたんだろう」
「そんな……!」

 この女を信じてはいないが、その可能性は十分にあった。鍵穴を開いたことで自分たちはあの世界から飛び出せたはずだが、はぐれるなんて予想もしていなかった。ソラたちは一緒に居てくれれば良いが――。マレフィセントの存在すら忘れて思案していると、猫なで声が誘惑してきた。

「大切な者たちとはぐれてしまうなんて、気の毒にねえ。でも、落ち込むことはない……私なら、おまえの手助けができるかもしれないよ」
「どういう意味だ」

 嫌な予感に、警戒心をむき出しにする。しかし、マレフィセントは大して気にしていないふうに続けた。

「私の魔法で、その三人を見つけてあげようじゃないか。その代わり――おまえには私の手伝いをしてもらうよ」
「取引ってわけか――

 少し、ためらいがあった。友だちをエサに、どんなことをさせられるのか分かったものじゃない。けれど、自分ではどうしてよいのか見当もつかない状態であることも事実。
 しばし悩んだあと、取引を受けることに決めた。この女を信頼も信用もしていない。けれど、いざとなれば自分なら何とかできるという自負があったし、何より優先すべきことは一刻も早くソラとカイリとフィリアを見つけてやることだからだ。

「いいだろう。だが、三人が見つかるまでだ」
「決まりだね」

 マレフィセントは酷薄な微笑みを浮かべたあと、手をかざすだけで扉を開いた。思わず身構える。これは――魔法か。
 ゆったりと靴音を響かせながら、マレフィセントが城内へ入ってゆく。

「ついておいで。しばらくはここで一緒に暮らすことになる。おまえの居場所へ案内しよう」

 明かりのほとんどない、暗闇の城。あまりに大きすぎて、奥行きも天井の高さも見えないことが不気味さを増長させた。
 入り口で立ち往生していると、マレフィセントが振り向いた。

「おや――どうしたんだい?」

 恐れるものか。ぐっと顔を上げ、城の中へ足を踏み入れた。





 To be continue... 



14.9.6




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