フィリアたちの叫びに答えるように、部屋の白い扉が開いた。現れたのは巨大な女性。いや、家具の大きさから察するに、この世界では彼女のほうが標準の大きさなのだろう。
 女性は部屋に入ると、一直線にこちらへ向かって歩いてきた。

「もうだいじょうぶよ」

 優しい声と共にふわっと浮き上がる感覚がする。女性に檻ごと持ち上げられていた。足場がひどく揺れてバランスを崩しそうになる。必死に立ち続けようとしたが、檻を傾けられてしまいヴェントゥスと共に底へ向かって転がり落ちた。
 ぐるぐると回る視界。確か底も金網だ。痛みを覚悟して目を瞑ると、腕を引かれて暖かく柔らかいものにぶつかった。

「う……」
「いって……」

 耳元で聞こえた声に目を開くと、自分に下敷きにされたヴェントゥスが片手で己の頭を撫でていた。落ちる瞬間自分を庇ってくれたのだろう。

「ヴェン! 頭、ぶつけたの!?」
「ん? ああ。これくらいなんともないよ」

 そう苦笑いするヴェントゥスの顔が少し赤い。頭だけでなく、顔もぶつけてしまったのだろうか?

「顔が赤くなってきてる。腫れちゃう前にケアルするね」

 そう言って頬に触れると、ヴェントゥスが慌てだした。

「い、いいから! それよりも、その……どいて」
「あっ、ごめん」

 急いでヴェントゥスの上から退いたとき、カシャンという音がする。上を見ると檻の一部が開いていて、女性がこちらを覗き「あら?」と首をかしげていた。

「あなたたち、ネズミにしては変わった形ね?」
「……ねずみ?」

 ネズミの耳もなければしっぽもない。なぜねずみに間違えられたのか? 問い返す前にまた檻が揺れて部屋の床に戻された。

「ジャック、あなたが相談にのってあげて」

 女性がそう言うと、ねずみが一匹檻の中へ入ってきた。そのねずみを見てフィリアは思わず目を丸くする。そのねずみはまるで人間のように服や帽子、靴を身につけ二足脚歩行で歩いてきたのだ。

「おい相棒よ! 安心していいぞ、君達の味方さ。シンデレラもだ。優しくて良い人だぜ」

 ねずみがそう言って女性、シンデレラを指した。彼女のあたたかな微笑みと目があって自然とこちらも笑顔になる。

「こんな檻、早く出ようぜ」

 ねずみがトコトコと檻を出てゆく。どうやら悪い人たちではないようだ。フィリアはヴェントゥスと頷きあってねずみに続き檻を出た。





★ ★ ★





 ヴェントゥスがフィリアと檻を出ると、ねずみは己の胸にトンと手を当てた。

「俺はジャック」
「私、フィリア」
「俺はヴェントゥス。ヴェンって呼んでくれ」
「よろしくな、フィリア、ヴェン。困ったことがあったら何でも言ってくれ」
「シンデレラ!」

 お互いの自己紹介が済んだとき扉の向こうから声がした。呼ばれたシンデレラを見上げると、シンデレラが苦笑する。

「さぁ、私はお仕事。じゃあねジャック、フィリア、ヴェン」

 そう言うと、シンデレラは白い扉の向こうへ行ってしまった。

「シンデレラ、忙しそうだね」

 なんとなくそう言うと、ジャックが少しムッとした表情になる。

「忙しいなんてもんじゃないよ! 朝から晩までトレメイン婦人たちに仕事を言いつけられて働きずくめさ!」
「とれめいんふじんって?」

 ジャックが、訊きかえしたフィリアをキッと見た。

「トレメイン婦人! シンデレラの継母だよ。いっつも娘たちと一緒にシンデレラをこき使うんだ!」
「ままはは? シンデレラはここのお手伝いさんじゃないの?」
「違うよ! むしろ正統な跡継ぎさ!」
「そ、そうなんだ」

 ジャックはよほどそのトレメイン婦人が嫌いらしく、あまりの気迫にフィリアが後ずさっている。
 それにしても……と、シンデレラが去った扉を見た。シンデレラとは会ったばかりだが、とてもそんな辛い境遇のようには思えなかった。

「でも、全然辛そうに見えなかった」
「それがシンデレラのいいところさ! 夢はいつか叶うと信じてがんばっているんだ」

 にっこりと笑うジャックを見ると、ジャックがシンデレラをどれほど大切に想っているかがわかる。

「夢を信じる心……」
 
――俺の夢は、キーブレードマスターになることだ」

 脳裏に浮かんだのは、以前テラが言っていたこと。

「そうだ、俺たち人探しをしてるんだ。テラっていうんだけど知らないか?」

 するとジャックはしょんぼりと髭を垂らした。

「うーん……聞いたことないなぁ」
「テラ、ここに来てないのか」
「そうみたい」

 世界は広い。そう何度もテラを知っている人物に巡り合えるはずがない。
 すぐに次の世界へ行こうとフィリアに言う前に、ジャックが壁に向かって歩き出した。

「そんな事より、俺たちの住処に案内するよ。ついてきて!」
「あっ、おい!」
「ジャック、待って……行っちゃった」

 ジャックの足はとても速く。呼びとめたが、壁に開いた小さな穴に行ってしまった。

「追いかけるしかないな、行こう」
「うん」

 先を急ぎたいが仕方ない。ヴェントゥスたちはジャックの後を追いかけた。




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