巨大な鎧の魔物。ガードアーマーは軽快に脚を踏み鳴らしながらこちらを追い詰めていた。鋭利な爪を胴体の周囲でぐるぐる回し、近くにいた二人が吹っ飛ばされて地面を転がる。自分の頬にも爪が霞め、チリッとした痛みに歯を食いしばった。「まいった」で済まない、本当の戦いだ。怯え、怖がっている暇などない。
巨体の大振りな動きから隙を見つけ、すかさずキーブレードで叩きつける。固い表面にひっかき傷をつけているだけのような気もするが――「離れて」と指示が聞こえ跳び退ると、すぐに雷が降り注いだ。眩しい閃光――火花がチリチリ振ってくるほどの威力だが、ガードアーマーはケロリとしている。
「魔法が効きにくいなァ!」
芳しくない効果に、アヒルが苛立ったように唸る。
「じゃあ、キーブレードで」
剣を構えつっこもうとしたとき、脚が陽気なステップで歩き出した。踏まれそうになり、なかなか切り込めるタイミングを見つけられない。惑っているとき、眼前に犬が割りこんだ。
「あぶなぁい!」
のほほんとした声音が、それなりにせっぱつまった色で叫ぶ。ガードアーマーの腕がこちらを拳で殴りつけてこようとしていた。彼は巨大な両手から繰り出されたパンチを、体の割には小さな盾で器用に防ぎきってみせた。
強敵だけど、三人いっしょに戦えば勝機はある!
「力を合わせよう!」
まずは腕だ。脚に踏み潰されないよう気をつけながら、炎で炙られた箇所にキーブレードを叩きつけ、盾を前面に押し出した体当たりが直撃する。ベコベコに凹んだ左腕は、風船が破裂するかのようにポシュンと音を立てて消え去った。
「やった――うわぁっ?」
わずかな達成感に浸る暇もなく、今度は脚に踏みつけられそうになって慌ててキーブレードで防御した。腕が肩までジンジン痺れ、キーブレードを取りこぼしそうになる。よたよたしている間に再び脚が頭上へと――やばっ、と呟く。逃げも反撃もできず、反射的に痛みを覚悟し目を瞑ってしまった。
「えーい!」
再び割って入ってくれた犬の盾と脚のかかとが弾けあう。犬の力が勝ち、脚はたたらを踏んだ。
「助かった!」
礼を言いながら、今度こそ脚を斬り消滅させる。キーブレードを振り上げたついでに、アヒルの炎に炙られていた右腕にもトドメをさした。
「あとは胴だけだ!」
勝利を目前に感じ、気持ちがいっそう高揚していた。胴体は手脚を失い、何もできないように思えたからだ。しかし、すぐにそれは根拠のない油断だったのだと思い知るはめになる。
★ ★ ★
「立ち止まるな、駆け抜けろ!」
レオンの怒号に終始震え上がりながら、ユフィとエアリスとともに2番街を走り続けた。先陣はレオンが切り開き、後方をユフィが守ってくれている。時たまふたりが負傷すれば、エアリスが唱える不思議な緑の光で癒されていた。
「エアリス、その光はなに?」
どうしても気になって、息をきらしつつ訊ねた。エアリスはこんな状況でも微笑を忘れずに答える。
「これはね、『魔法』だよ」
「まほう……」
なぜか、首の後ろがザワザワとする。魔法≠ニいう単語はもちろん知っているが、本物を目の当たりにし、言い表せない焦燥感がこみ上げてくる。なにかとても大切なことを忘れているような、それをあとちょっとで思い出せそうな気がする、非常にもどかしい感覚だ。
「その扉の先が3番街だよ!」
ユフィの言葉でハッと意識が現実に戻った。眼前に現れた灰色の扉の前をハートレスたちが通せんぼしている。
「はあああぁっ!」
レオンの剣がハートレスを切り裂いた瞬間に爆発する。爆煙が流れたときには、一匹のハートレスも残っていなかった。
「ソラッ!」
無事だろうか。ケガをしていないだろうか。誰よりも早く閉鎖された階段の上から広場の様子を覗き込むと、見えたのは大きなハートレスが回転しながらソラたちを吹き飛ばしている光景だった。
しりもちをついたソラは、慌てて立ち上がりキーブレードを構えた。回転の勢いが続いている胴体が竜巻のようにソラへ迫ってくる。再びソラの剣が弾かれた。地面を転がりながら、ソラはとっさに壁と壁の隙間へ身を潜ませた。そこへ大きなハートレスには入れなかったようだが、壁ごとソラをすりつぶそうと、なお回転を強め迫っている――もはや逃げ道がない。
「このままじゃソラが――!」
目がチカチカして、頭がクラクラする。彼を助けたい思いが体の奥底でうずまき、うねり、はじけた。
それは暴れるように背をはいあがり、首裏をなぞり、頭のてっぺんから暗い空へ飛んだ。次の瞬間には耳を塞ぐような轟音と目を開けていられないほどの閃光がハートレスに向けて降り注ぐ。見たこともないような、とても巨大な雷だった。
「あ……」
すべてが収まった直後、膝から力が抜け手すりに縋りついてしまった。ハートレスは感電したのか宙でビリビリと震えている。チャンスを逃さず、ソラが隙間から出てキーブレードでハートレスを退治した。
ハートレスから大きな氷のようなハートが飛び出し、宙にくるくる飛んで消えてゆく。通路を防いでいた壁も、それに合わせて消えうせた。
「いまの雷って……サンダガだよね?」
「一応確認しておくが、エアリスが唱えたものではないな?」
「うん、私じゃない。――いまのは、あの子だよ」
追いついてきた三人。そのなかでエアリスだけが変わらず笑顔だった。
原作沿い目次 / トップページ