大きな海のなか。暖かいのに肌寒い。立ち止まることなくなにかがゆらぎ、すべてのものがそれらによってゆらゆら漂う。

「…………ここは……」

 薄っすら目を開く。深い闇のなか。懐かしいと思える場所だった。いつか来た場所。上も下もなく、右も左もない。どうして戻ってきたのか思い出せない。
 だだひとつ、全てを見守る、おおきな存在が遠くにあった――無慈悲に平等を繰り返し、あたたかく迎え入れ、包んでくれるもの。まるでへその緒のように、その輝きと細い光で繋がっていた。断ち切れない。ゆらぎに合わせ、たぐるように引き寄せられてゆく。
 このまま光に飲み込まれるのだろう。思考を放棄し、目を瞑り、たゆたうすべてに身をゆだねてしまいたくなっている。けれど最後にひとつだけ、約束が守れなくなってしまうことだけは心残りだった。
 約束を思い出せば、約束をした相手を思い出す。リクとソラと……。

「――カイリ」

 はっと目を開き顔をあげる。そうだ、カイリとイカダを守りに行き、闇に襲われて――
 唐突に、闇の中から巨大な漆黒の掌が現れた。指一本すら自分よりも大きい。それに体をわしづかみにされると、闇の中へ引きずりこまれる。
 闇の奥の奥へ沈んでゆく……水底から水面を見上げるような感覚で宙を見つめいると、小さな光が追いかけてきていた。棒のような形に凝縮された強い光だ。ぐんぐん追いついてきて、ついに漆黒の掌の持ち主を貫いた。

「あ……」

 闇が消滅する瞬間を、横目だがしかと捉えた。光はいつか見たことのあるような、鍵の形をしていた。





「……う……ん」

 重い瞼の隙間から、ハシゴがくっついた木の天井が見えた。固くはないが、やわらかくもないソファの上で仰向けに寝ていたらしい。痛むからだに呻きながら身を起こすと、薄い毛布がするすると床に落ちた。

「ここは……どこ?」

 どこかのお店のようだった。店員がいないカウンターに、ガラスのショーウインドウ。さまざまな商品が並べられた棚に、大きなレンガの暖炉。小さな階段の先には大きな扉があった。こんな立派な店、本島にあっただろうか?

「だれか、いませんか……?」

 おそるおそる声をだすも返事はない。毛布を畳んでソファの上に置き、そっと立ち上がる。混乱のまま店内をしばらくウロウロしてしていると、外から大きな音が聞こえてくることに気がついた。爆発するような音や、金属がぶつかる音だ。たまに悲鳴も。誰かが激しく争っているらしいことだけはすぐに理解し恐ろしいと思ったが――その悲鳴の持ち主がよく知ったともだちのものだと気づいたとき、血が凍ったような心地になった。

「ソラ!?」

 居ても立ってもいられず、すぐに扉を開くと、これまた見覚えのない風景のなか、ちょうど目の前の広場の中心でソラが若い男と戦っていた。ソラが持っている剣――鍵をみたとき、ドクッと心臓が高鳴り息がとまる。
 男が火炎の弾を放つ。ソラがもっていた鍵で叩き返すと、まっすぐ男に跳ね返りそこで決着がついた。ソラは膝をついた男からふらふら後ずさりながら、かすかに笑う。

「へへ、ざまあ、み――――
「あっ……」

 言いきる前に、力つきてソラはばったり倒れてしまう。一方で、ギラギラと光る大きな剣を構えた男はまだ余力があったらしく、すっくと立ち上がってソラを見下ろした。

「あぶないところだったね、レオン?」

 いつの間にか男性の背後に黒髪の少女がいて、からかうような口調で言った。男性は彼女の登場に大して驚かずに答える。

「手を抜いてやったんだ。どうやら状況は、俺たちが思っていたより悪いらしい」

 コツ、コツ、と男がソラに近づいてゆく。助けなきゃ。助けなきゃ!
 状況はよくわからないが、ともだちの危機であることだけはハッキリしていた。

「やめてっ」

 ガクガク震えていた体も、叫ぶと自然に動きだした。そのままソラのもとへ駆け、おおいかぶさる。

「へ?」
「誰だ」
「こ、これ以上、ソラにひどいことしないで……!」

 正面から見る男は、ますます恐ろしかった。ハンサムだが顔に大きな傷があり、眉間に深く皺が刻まれていて、まるで射殺すような目つきでこちらを睨んでいる。

「何を勘違いしているか知らないが、俺たちは別に――

 男の低い声に、身が竦む。恐ろしさのあまり、ソラを抱きしめる手に力をこめた。

「レオンが怖い顔するから」
「悪かったな……」

 次は、少女の方が気軽な様子で近づいてきた。短い黒髪に白い額当てをし、首に黄色のマフラーを巻きつけている。腕や足どころかヘソまで晒している格好は、とても身軽そうな印象を受けた。彼女は愛らしい顔に笑みをうかべ「大丈夫だよ」と言ってきた。

「あたしたちはその子を傷つけたかったんじゃなくて、守るためにしたことなの。現にホラ、1番街にまでその子を追いかけてきていたハートレスたち、いなくなったでしょ?」
「はーとれす……?」

 あんなに剣で斬りあっておいて、守ろうとしたなんて信じられない。しかも変な名称まで持ち出してきてますます心が許せなかった。

「えーっとね、ハートレスっていうのはー」

 その時、周囲でなにかの気配がうごめいた。ソラと自分を取り囲むように、宙に闇が滲み出し形づくる。完成したのは、あの金の目のをした黒い生き物だった。

「あのときの……!」
「あ。そうそう、これこれ……って、どうして出てくるの!? 今は、この子の心はわからないはずでしょ!」
「ユフィ!」

 生き物の振り上げた爪に引っかかれそうになったとき、レオンと呼ばれた男が剣で生き物を切り裂いた。まっぷたつにされた生き物はそのまま霧のように消滅してゆく。ユフィと呼ばれた少女も、背から大きな手裏剣を取り出して、生き物に投げつけた。

「おっかしいなあ〜。こうすれば良かったんじゃないの?」
「集中しろ!」

 ふたりが生き物と戦っている間、ソラを起こそうと試みたが、眠りは深いらしい。ならば安全な場所まで連れて行こうと思っても、自分の力では彼を持ち上げることができない。
 そうこうしてる間にまた一匹が飛び掛ってきた。ソラを庇いつつ痛みを覚悟すると、寸前で風が走り――剣に切り裂かれたらしい――生き物が黒霧になる。

「まさかとは思うが……」
「え……?」

 こちらを見下ろして、レオンが呟いた。次の瞬間には彼から首裏に手刀をくらい、意識を失う。

「ちょっと、スコール!?」

 気を失う最後に聞こえたのは、ユフィの非難の声だった。




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