「この街には、1番から3番街まで3つのブロックがあるんだ。ここは1番街だよ」
「その扉の向こうに行きたいんだけど」
「だめだめ。危ないからね」
3番街への扉は、見張りのおじさんに通せんぼされていて通れない。仕方なく緑色の照明をたどって階段をのぼると、ちょうどアクセサリー屋の裏に閉鎖されていない扉があった。近くにいた太ったおっさんがニコニコ言う。
「つきあたりの扉は、2番街に通じとるだ。2番街の先は3番街だべ」
「ふぅん……?」
1番街にはリクもカイリもいない。迷わず2番街への扉を開いた。
HOTEL、洋装店、帽子屋、靴屋に時計塔――さまざまな店の看板がカラフルな電灯で飾られている。
一見、夜の都会という態だったが、ここもまた妙な雰囲気だった。これほど人気がありそうな場所なのに誰もいないし、生ぬるく、肌にねばるような空気が気持ち悪い。
「ひぃっ!」
いきなり物陰から男が走りだしてきて目の前で転んだ。男は仰向けになり怯えたように背後を見つめる。次第にその胸元が光りだし、赤く輝くハートが飛び出した。ハートを失った男の姿は空気に溶けるように消えてしまい、ハートはふわふわ宙を漂った後、小さな闇の渦が現れその中に吸い込まれた。
「なんだ……!?」
あっけにとらわれていると、また何もない宙に闇が生まれへんてこな生き物が現れた。とがった兜とするどい鉄爪が印象的な生き物は、愉快そうにカラカラと鎧を鳴らすと、ひゅるんと前転してまた闇に消える。
今のはいったい――? 男が消えた場所に立つと、ざわざわと周囲で闇がうごめいた。勝手にあの鍵の剣が手の内に現れる。闇が形作ったのは、触覚と金色の目をもったもの。
「こいつら! 島に出た……!」
また襲ってきたので、ためらいもなく剣で闇を叩き潰すもどんどん新手がわいてくる。こいつらは闇が固まったような存在なのに手ごたえがあり、弾き飛ばすときにもある程度の重さも感じる。けれど、どれだけ殴られても痛がる素振りさえ見せず、無感情な瞳で延々と襲ってくる。
「危ないって、そういう意味か!」
宿屋へ逃げこんでも現れるし、時計塔の中もたくさんいた。とにかく先へ先へと逃げ惑い、いつの間にか3番街へたどり着いていた。
3番街は一番大きな広場があって、隅にある噴水が静かにライトアップされていた。平和なら、恋人たちがデートしている場所なのだろう。いまは雄と雌の区別すらわからない、黒い肌の魔物たちしかいない。
「リクもカイリもいないなぁ……」
3番街もからぶり。仕方なく探索を切り上げ、魔物から引っかかれた傷を撫でつつ来た道を戻ることにした。
1番街へ着くと人の気配がなくなっていた。慌てて広場にも向かったがやはりだれも居ない。代わりに魔物がここまで現れ、殺到してくる。
「なんなんだよ、こいつらは!」
いいかげんうんざりし、シドの店へ駆けこんだ。さすがにこの店の中までは、魔物たちは来られないようだ。
「おうソラ、戻ったか……って、まだダチに会えねえのか?」
先ほどと変わらない様子で、シドがこちらを振り向いた。ぜぃぜぃ息をきらしながら、未だ眠っているフィリアを見つつ答える。
「この街の全部をまわってきたけど、二人とも見つからなかったよ」
「あきらめるのは早いぜ。もう一回りしてきな」
少し休憩してからな、とシドが麦茶を出してくれた。なぜかお茶なのに甘い気がしたが、好きな味付けだ。
「フィリアは、まだ起きないのか」
「心配いらねぇよ。寝てるだけだ」
「うん……」
麦茶を飲み干し、もう一度外に出た。やはり、人影は戻っていない。またあの生き物が出るんだろうなと改めて気を引きしめた矢先だった。
「やつらはどこにでも現われる」
若い男の声――明らかにこちらに向けられた言葉だと思った。しかし、どこにも姿がない。
「誰だッ!?」
大声で叫ぶと、2番街へ向かう方向、アクセサリー屋の壁の影から男がぬっと現れた。肩くらいまで伸ばした茶髪、額から左頬まで斜めに走る傷があり、首にはライオンのようなデザインのシルバーアクセサリーをさげている。丈の短い革の上着の左袖にも、同じマークが刺繍されていた。
「逃げ回ってもすぐに追いつかれる。おまえがキーブレードを持っている限りな」
愛想のかけらもない男は、つめたく見下ろしながらこちらを指してきた。キーブレード? あの生き物たちについて何か知っているらしいそぶりが怪しかった。
「しかし、子供とはな……」
わざとらしく目元を押さえる男。ますます嫌な感じだ。
「あんたに子供扱いされたくないね」
「悪かったな。キーブレード、見せてくれないか?」
無遠慮に近寄ってくる男に対し、慎重に鍵の剣を構えた。名乗りもしないし、人を寄せつけない雰囲気の男。警戒こそすれ、素直に従おうとは思えない。
「おまえも、あいつらの仲間なのか!?」
「そうか。仕方がないようだな」
男は立ち止まり、銀色に光る大きな剣を取り出した。だいたい自分の身長くらいありそうなほどに大きな剣だ。柄付近に銃のようなリボルバーがついていて、そこから刀身が伸びていた。
男が剣を構える。次の瞬間には男はすでに跳んでいて背後に。仰天しつつも赤い光を残す剣撃に自分の剣をぶつける。おおきな衝撃によって大きな音が鼓膜を貫き、両手までビリビリと刺激が走った。
「なかなかの反応だ」
えらそうな言い様から更に腹がたち、男の足に一撃をくれてやる。怯んだ。もう一発、さらに一発。
苦痛の声をあげながらも、男は強引にこちらから距離をとった。その眼前に炎が踊る。凝縮され、炎の弾になった。
「うわっ!?」
ものすごい勢いで発射された炎は、体を横にそらしたこちらの服を掠めて石畳を燃やした。火はすぐに消えたものの、黒い焦げはしっかり残る。
「よく避けたな」
癇に障る物言いに苛立つ余裕も与えられず、再び男の剣が襲ってくる。太い筋肉の腕にふさわしい力だ。こちらの戦法といえば、ちょこまかと小回りして男の剣から逃げまわるばかりだった。
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