寄せては返す水の音が聞こえていた。
フィリアは顔を上げる。暗闇……目を閉じているからだ。しかし、なぜか瞼が開かない。限られた情報からわかることは、ここには光がなく、肌寒くて水がたくさんある場所だというだけ。
「波の音……。ここは海なの?」
「この世界は狭すぎる」
「え?」
視覚がないため聴覚だけが頼りとなる。波の音に紛れて今、確かに知らない男の声が聞こえてきた。
「何もない。牢獄のような世界」
また男の声。先程よりはっきり聞こえた。
「誰かいるの?」
訊ねると、返事がないどころか先ほどまであった波の音までもがプッツリと消えてしまった。不気味に思って立ち上がろうとしてみたが、手足の感覚が伝わってこない。
耳が痛くなるほどの静寂の中、自分の側に何の気配も感じられない。先ほどまで一緒だったはずのヴェントゥスはいったいどこにいるのだろうか。
「…………!?」
もう一度声を出してみたが何の音もしない。耳が聞こえなくなった? 違う、音の振動がしていない。それに、先ほどまで寒いと思っていたのに温度さえもわからなくなっている。
だんだん自分が消えてゆく錯覚。混乱と不安で思考は恐怖に塗りつぶされてゆく。親しい者の名を聞こえない声で呼ぶが誰ひとり答えてくれない。
嫌だ、誰か――。そう思った時、声がした。
「お前が出たいと望むなら、俺がここから出してやるよ」
フィリアはハッと目を開くと跳ねるよう起きあがった。動悸が激しく眩暈がする。
「ゆ、め……?」
思わず確認してしまう程に、とても――とてもリアルな夢。
頬を伝っている汗を拭おうとして、手が誰かのものと繋がっていることに気がついた。すぐ右隣でヴェントゥスがうつ伏せに倒れている。
「ヴェン!?」
「…………」
驚いてヴェントゥスを軽く揺さぶってみると、返事の代わりに規則正しい寝息が聞こえてきた。顔を覗き込んでみれば、ヴェントゥスはとても気持ちよさそうに眠っている。
「よかった……」
ほっと胸を撫で下ろす。しばらくこのまま寝かせておいてあげようと思いながら周囲を見た。どうやらここは誰かの家の中のようだ。
「ん?」
部屋と自分たちの間に銀色の線がある。よく見るとそれは鉄で出来ていて、太さは自分の腕くらい。床から壁、そして天井まで自分たちを包みこむようにぐるりと張り巡らされている。
「これは?」
「う、ん」
ヴェントゥスがもぞりと動き、目を覚ました。
「ヴェン、おはよう」
「フィリア? おはよ……」
目を擦りながらヴェントゥスがのろのろと起き上がる。自分が掴んでいる鉄棒を見て、眠たそうに首を傾げた。
「それ、なに?」
「うーん。鉄みたい」
鉄の向こう側には果てしなく高い天井と値段も高そうな家具がたくさん並べられているのだが、鉄の中には何もなく出入り口すら見当たらない。
「これってさ……」
「もしかして……」
自分たちが小さくなっていて、更に鉄の檻に閉じ込められている。そう理解するには十分すぎる情報だった。
「何で小さくなってるんだー!」
「何で閉じ込められてるのー!」
ヴェントゥスと鉄の棒にしがみつき、外へ向かって大きく叫んだ。
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