本日、フィリアとヴェントゥスが初めて魔法の修行に参加する。
 早速エラクゥスからファイアの魔法を授けられた二人は、リングに向かって練習を開始した。
 アクアはエラクゥスの側に立って、その様子を見守っていた。

――――炎よ!」

 言葉と共にフィリアの手の平に蝋燭程度の炎が現れ、すぐに消える。

――――燃えろー!」

 その隣にいるヴェントゥスの手の平には煙が現れ、そして消えた。二人とも、もう十分以上ずっと同じ結果を繰り返している。

「ケアルはすぐにできたのに……」
「感覚はわかるのに、どうしてだ?」

 がっくりとする二人に苦笑しながら、アクアはエラクゥスをチラリと見た。視線は厳しく、眉間にある皺は三本。
 フィリアが修行の参加を認められ、ヴェントゥスが初めて笑い話したあの日。エラクゥスから、どんな理由があったとしても決してフィリアと手合わせなどをしないよう命令された。
 理由はもっともらしいことを言っていたが、もしかしたら――
 エラクゥスがこちらを見た。視線があってギクリとする。

「アクア、二人に魔法の心得を説け」
「はい」

 自分の考えを悟られた……なんて考えすぎか。
 エラクゥスの命令に従い、アクアは二人にもわかるような説明を考える。フィリアとヴェントゥスが縋るように見上げてきた。まるで、子犬の兄弟のようだ。

「そうね……まず、魔法はイメージがとっても大事。それと想いの強さかな」

 アクアはキーブレードを持ち、遠くのリングにファイアを放った。

「コツはこうやって――魔力の溜めて願うこと」
「願うの?」

 軽く頷きながら、アクアはフィリアの方を向く。

「フィリアはケアルを使うとき、いつもなんて思ってる?」
「えっと『痛いの治れ』って……あっ」
「うん。攻撃魔法はその逆よ。例えば、ファイアなら『敵を燃やして』って願うとか……」
「アクア、いつもそう思ってたのか……」

 いつもファイアの標的になってもらっているテラの小さな呟きは、あえて聞こえなかったことにする。
 アクアはフィリアとヴェントゥスの目線に合わせてしゃがみこんだ。

「二人は炎を出そうって思っているでしょ? 今度はあのリングを燃やすぞって思いながらやってみて」
「うん……わかった」

 おずおずとフィリアが構えた。リングを見つめ、燃やす、燃やす、と小さく自分に言い聞かせている。

――――炎よ!」

 ぽこん、という音と共に、フィリアの拳程度の炎の玉が現れた。それはへろへろと宙を飛ぶとリングに触れる前にぷしゅーっと消える。

「アクア、すごいっ! さっきよりも上手にできたよ!」

 フィリアが満面の笑みで見上げてくる。まだまだ使えるレベルではないが、先ほどと比べればかなりの成長。

「ええ、いい感じ!」
「うんっ」
「ほらヴェン。見てないで、おまえもがんばれ」
「お、おう!」

 フィリアを見ていたヴェントゥスも、燃やすぞ、燃やすぞーと言いながらファイアを唱える――が、現れたのはまた煙だけ。

「なんでだよー……」
「ヴェン、がんばって」

 がっくり項垂れるヴェントゥスにフィリアが声援を送る。その背後でテラがニヤリと笑うのが見えた。

「確か負けた方が一週間風呂洗いだったよな?」
「あ! そういえば……」
「忘れてた!!」

 フィリアとヴェントゥスが慌ててファイアの練習を再開させる。楽しそうに笑い合う三人は、まるで本当の兄弟のよう。

「やったぁ、リングに当たったよ!」
「よくやったな、フィリア」
「うっ……アクアー! もうちょっとコツを教えてよ!」
「ええ」

 少し情けないヴェントゥスの呼び声に、アクアはにっこりと微笑んだ。





★ ★ ★





 無造作にキーブレードを構え、闇を混ぜながら魔力をこめる。力が満たされたところで「行け」と命じた。
 ヴァニタスがそう思うだけで炎は岩を目指して飛んでゆく。岩に触れた瞬間、激しい爆音。黒煙が風で流された後には、岩は跡形も無くなっていた。――炎は全てを焼きつくすところが気に入っている。
 チロチロと地面に燃える残り火を眺めながら、情けなく消えていったフィリアの炎を思い出しヴァニタスは口元を吊り上げて軽く笑う。

「どうやったらあんな魔法が撃てるんだ……?」

 その程度で喜んでいるというのがまたおかしい。
 キーブレードを構え直し、もう一度その切先に魔力を集めた。再び大きな火の玉が生まれ、少し離れた場所にある岩石に向かって放つ。

「別れろ」

 言葉に従い、火の玉は思い通り三つに別れ岩石を破壊した。威力は多少落ちてしまったが、慣れれば取り戻せるだろう。
 自分も修行を始めたとき感じたように、成功に対する満足と成長に対する喜びが確かにある……だが。

「違う……」

 同じような経験をしてもヴェントゥスと同じ気持ちにはなれなかった。
 どこか虚しく物足りない気持ちを抱えたまま、ヴァニタスはファイガを操る練習を再開した。




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