嵐と気づき部屋から飛び出してきたはいいものの、海を越えるのに思ったよりも時間がかかった。今ごろ、母さんはカンカンになっていることだろう。きっと、帰ったら叱られる。
 ふと空を見上げれば、暗雲の中心に見慣れぬブラックホールみたいな丸い穴が浮かんでいた。

「なんだありゃ?」

 あんなもの、今まで見たことがない。海水を頭からかぶりなりながら島へ上陸すれば、すでにいくつか船があった。

「リクの船と、カイリたちも来てるのか……えっ?」

 軽く見渡すと、昨日の昼寝の夢で見た影の魔物たちがわらわらと湧き出した。行動も全く同じで、こちらの姿を認めるなり襲ってくる。とっさに持ち歩いていた木剣をつかみ、薙いでくる爪を弾き返した。しかし、こちらの攻撃は効いていないみたいで、いくら木剣で殴りつけてもケロリとしている。

「どうすりゃいいんだよ!」

 逃げながら島を走り回っていると、離れ小島にリクの姿がチラリと見えた。リクは魔物と戦っておらず、ただただ海を見つめていた。

「リク、カイリとフィリアは一緒じゃないのか!?」

 なんとかたどり着いて呼びかけるも、リクは島の異変など気にも留めてない様子で言った。

「扉が開いたんだ」
「リク?」
「扉が開いたんだよ、ソラ。俺達、外の世界へ行けるんだぜ!」

 振り向いたリクは、なんと笑顔だった。今は外の世界の話などしてる場合じゃないというのに!

「何言ってるんだよ! それよりカイリとフィリアが――
「二人も一緒さ!」

 二人がどこにいるのかわからないのに、リクは迷いもなく言い切った。

「扉をくぐればもう、帰って来られないかもしれない。父さんや母さんには二度と会えないかもしれない」

 リクは空のブラックホールを見上げながらぶつぶつと続ける。

「でも、恐れていては何も始まらない。闇を恐れる事はないんだ!」

 リクがこちらに手を――この手を取れと差し出してきた。

「リク――

 ずっと一緒にいたのに――こんなリクを見たことがない。
 リクの足元に黒い闇が広がり、立ち上ってくる。細長く伸びた影がリクに絡みついて縛りあげているというのに、それでもリクは笑顔だった。
 助けようと思ってリクに駆け寄り手を伸ばした。けれど影が濃くなり邪魔をして、もう少しというところで届かない。闇色が強まり、ついに何も見えなくなって――闇の奥に輝きが見えた瞬間、視界は元に戻り、リクの姿が消えていた。

 キーブレード――

 黄色の持ち手、銀色の剣先。右手に握っていた鍵のような武器を見たとき、その名が頭に響いてくる。
 大きな鍵にしかみえないけれど、戦いに使えるのだろうか? 背後から再び影が襲ってくる。反射的に攻撃を受け止め斬り返すと、今度は手ごたえあり。影は黒い霧になって消滅した。
 倒せる!
 おびただしい数が迫ってきたが、ティーダたち三人を相手したときに比べたら楽勝だ。目の前を邪魔する影たちを蹴散らしながら、カイリとフィリアを探し回った。

「なんだ?」

 離れ小島から戻ってみると――とてもおかしなことに――秘密の場所へ通じる穴の前に、ぼんやり光る豪華で大きな扉が取り付けてあるのを発見した。熟練の職人が一面飾り彫りを施したような立派な扉で、森を切り開いた島の風景にとても馴染まない、異様な光景だった。扉は触れるとひとりでに開き、洞窟へ入るよう招いてきた。
 洞窟の道を駆け抜け、ぼんやり明るい空間に抜け出ると、カイリが奥の板を見つめ立っている。

「カイリ」

 ゆっくりカイリがこちらを向いた。その表情はとても悲しげで、虚ろで、儚い。

「ソラ――

 カイリがこちらに手を伸ばしたとき、岩に張り付いていた板が大きな音をたてて開いた。深い深い暗闇の向こう側から強い風が吹き込んできて、カイリがこちらへ飛ばされてくる。もちろん、受け止めようとした。でも、抱きしめたと思った寸前に消えてしまった。信じられない出来事に驚く間もなく、自分も風に飛ばされ洞窟から追い出されてしまう――






 夢。これは夢だ。あの夢の続きを見ている。
 投げ出された砂浜には海がなかった。もちろん、そこに浮かんでいるはずの本島も。植物は軒並み風にへし折られ、次々空に浮かぶ不気味な穴に吸い込まれていた。
 なんだよこれ――どうしてだよ!
 友達が消えて、島が壊れて、影の魔物ばかりが現れる。さっきまでみんな、いつも通りに暮らしていたのだ。夢以外に納得できる説明が浮かばなかった。
 粉々になった船の破片がブラックホールの中に吸い込まれてゆく。リク、カイリ。あとひとり――いるかもしれない人物を思い出した。

「フィリア……フィリアはどこだ?」

 すっかり小さくなった島を見回すと、背後で大きな生き物が動く気配がした。

「あいつは!」

 夢の最後に戦った、漆黒を固めたバケモノだった。鍵が意思に従い手に現れる。

「……フィリア!?」

 夢と同じように倒してやると意気込んだとき、バケモノの右手にフィリアが握られていことに気がついた。フィリアはぐったりしていて、意識がない。

「フィリアを放せ!」

 バケモノはこちらの言葉を理解しているのかいないのか。フィリアを持つ手を高く掲げ届かないようにした。代わりに左手を地面に打ちつけて、衝撃波を発生させてくる。

「このっ」

 跳んで避けた勢いのまま右手に向けて鍵を振るうが――あと少し、というところで届かない。

「夢だと、手と頭が弱点だったよな」

 意外にも、屈強な上半身を支える短い足には攻撃が効かない。バケモノのくりぬかれた腹穴から不気味な紫の光が放たれた。追尾性があるらしく追いかけてくるので鍵で叩き返してやると、光はバケモノの頭を髪ごと焼いた。バケモノが怯むような動作をし、バランスを危うくする。チャンスだ。下ろしてきた右手を畳み掛けるように何度も何度も攻撃し、緩んだ隙を狙ってフィリアをバケモノの掌から引き抜いた。

「フィリア、起きろ、起きろってばっ」

 息はあるものの冷えた体温の彼女を大声で呼ぶが、固く閉じた睫毛はピクリともしない。気絶した者を守りながらこんなに巨大なバケモノと戦い抜くことは不可能だ。どうしたらいい。こんなとき、リクならどうするのだろう。
 フィリアを掌から失ったことを確認したバケモノは、取り返したいのか手を伸ばしてきた。慌ててフィリアを引きずり離すと、更に伸びてくる。
 幸か不幸か、そこで風渦が絞られ空から引かれる力が強くなった。バケモノが空へ浮かび上がってゆく。片手にフィリアを、もう片方の手には砂浜に刺さっていた桟橋の残骸を掴み、自分たちだけはなんとか耐えようとした。

「くっ――うわぁ!」

 どれだけ重いのかは知らないが、バケモノの巨体が持ち上がるほどの風だ。抵抗虚しく、結局少しもしないうちに自分たちも闇の穴の中へ飲み込まれていった。




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