家に帰ってから、ずっと空を見上げていた。風がざわめき、夜なのに星がひとつも見つからない。湿り気を帯びた空気に慣れず、落ち着かなかった。

「フィリア、もうすぐごはんだって」
「うん」

 振り向かずに返事をすると、カイリが近づいてくる気配がした。

「ねえ、フィリア。コレ見て! やっとできたの」

 そうして見せられる桃色の星。サラサ貝のお守りが完成していた。

「わあ……! 完成おめでとう。間に合ったんだね!」
「うん。リクが最後の一枚を見つけてくれたんだ。手伝ってくれてありがとね」

 お守りは見事同じ大きさと色合いのサラサ貝で揃えられ、きっちりとパオプの実のような星型に編まれている。五枚ある貝殻のひとつには元気そうな顔と茶髪が描き加えられ、中央には王冠のチャーム。どこかで見たことあるようなそれは、まるで――

「これ、ソラ?」

 みたい。

「あ、分かった?」

 正解らしい。カイリはお守りを握り締めて恥ずかしそうに笑った。

「良くできてるでしょ? ソラがモデルだってこと、ソラにはまだ内緒だよ」
「うん?」

 どうして秘密なのだろう。不思議だったが、とりあえずカイリが秘密にしてほしいというのなら秘密にしておこう。
 ゴロゴロン。夜の空が唸り声を上げる。

「わっ、雷?」

 カイリが窓から外を見た。ちょうど島の方向で、紫の雷がピカッと輝く。

「嵐! どうしよう、イカダ、繋いでこなかったのに」
「エクスカリバー、流されちゃう?」
「このままじゃ、明日旅に出られなくなっちゃうよ」

 それは、とても、とても困る。
 カイリはしばし逡巡し、そして決心した顔つきで言った。

「私、島に行ってくる。イカダを守らなくちゃ!」

 嵐のときは海に近寄ってはならない。海の側に住むものの常識だと町長さんが言っていた。

「嵐の夜の海は、とても危ないんでしょう?」
「だからといって、このまま放っておけないよ」
「なら、私も一緒に行く!」

 危険なところへ彼女ひとり送るなどできないし、二人なら助け合える。カイリはちょっと返事に詰まったが、それでも「一緒に行こう」と言ってくれた。










 荒い海の中必死に船を漕いで、海水を浴びながら島にたどり着いた。真っ黒な空、木が倒れそうなほどの風に包まれた島はいつもの穏やかな印象からかけ離れていて、まるで知らない場所のようだった。

「リクの船がある!」

 カイリの声で、桟橋にロープで繋がれたリクの船が、いまにも波に攫われそうな様子で揺れているの見つける。

「よかった……リクも来てくれてたんだ」

 彼がいることを知ったとたん、押しつぶされそうなほどだった不安が大分薄れた。彼がいるのなら自分たちが来る必要はなかったのかもしれないが、気持ちは同じと知って嬉しくもあった。

「フィリア、ここままリクと合流しよう」
「うん!」

 暴風で髪が乱れ、目を開けているのも辛い状況だ。片手はカイリとしっかり繋ぎ、もう片方の手でスカートを押さえたり、髪を押さえたり、目元を守ったりしていた。湿った砂浜は歩きにくく、海水が染み込んだ靴はたびたび脱げそうになる。
 自分の状況にばかり気をとられていると、突然、カイリの足が止まった。繋いだ手に力がこもる。

「なにあれ」

 気がつくと、金色に光る球が砂浜にたくさん落ちていた。爛々と輝くそれはみるみるうちに大きくなり、形作られ、漆黒の肌をした生き物の瞳になる。それらは額から生やした触角で周囲の様子を探り――こちらの存在に気がついた。

「あ……う……」
「なんなの、これ!」

 テレビでも図鑑でも、こんな生き物見たことがない。
 影の生き物たちが取り囲むようにじりじりと迫ってくる。恐ろしくてカイリと身を寄せ合った。彼らに猫や犬のような人懐こさは全く感じられず――瞬きもしない瞳はどこまでも無感情だ。
 それぞれが鋭い爪を構えるのが見えた。生命の危機を感じヒッと息を呑む。

「逃げよう!」

 カイリが走り出し、引きずられるように続いた。包囲網の薄い面を突破して駆け抜けると、いっせいに追いかけてくる。爪を振り上げてくるものまで。

――きゃあっ!」

 湿った砂浜に足を取られたのか、カイリからバランスを崩して二人とも転んだ。受身もとれず砂に叩きつけられる。弾みで繋いでいた手も離れてしまった。
 顎を打ちつけたので軽い眩暈を覚えたが、痛みはそれほどない。すぐに体に力を入れ上体を起こした。

「カイリ、だいじょうぶ?」

 這い寄れば、カイリは気絶していた。ピクリとも動かない。

「カイリ!――カイリ、しっかりして!」

 急がないと。揺さぶるも、一向に目を覚まさない。そうしている間に、追いついてきた影たちに、今度は隙間無く取り囲まれてしまった。

「……い……いや……」

 もう逃げられない。カイリをかき抱き、震えることしかできなかった。
 影たちに口があれば、舌なめずりをしているだろうか。確実に仕留めようと、こちらとの距離を慎重に計っていた。
 たすけて。
 脳裏に浮かぶ友達の顔。絶望的な状況に泣きたくなった。

「リク……ソラッ!」

 生き物たちが飛びかかってくる瞬間を最後に、強く目を瞑った。




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