ティーダと別れ、リクがいるらしい秘密の場所を探す。思ったとおり、すぐに草の陰の入り口を見つけた。覗いてみると、中は深い暗闇……冷たい風が流れ出している。ぞくっ、と背に悪寒が走った。
「おばけ出そう……」
それでも勇気を出して中へ入ると、風音と共に囁くような、低い声が闇の底から聞こえてくる。
「……を恐れる必要はない。恐れていては何も始まらない」
「リク――?」
の、声だろうか。壁を伝いながら進み、やっと視界が開けた。細長い通路の奥に円い空間――首の細い花瓶のような形をした洞窟なのだろう。
「フィリアか」
「リク!」
洞窟の中に居たのはリクだけだった。では、先ほどの声は彼のもの?
こちらがひとりで現れたからか、リクは大変、驚いていた。
「この場所を知っていたのか?」
「ついさっき、ティーダに教えてもらったの」
リクの傍にたどり着いてやっとホッと息をつく。いつも以上にひっつくと、リクがふっと笑って言った。
「怖がりなフィリアが、よくひとりで入ってこられたな」
「うん、すっごく怖かった。でも、中にリクがいるって分かってたから」
気持ちに余裕が生まれ、洞窟の中を見回す。洞窟の岩壁はどこもかしこも白いチョークで落書きがされていた。上手なものから、何をモチーフに描いたのかよく分からないものまで。
「ここが秘密の場所なんだね。リク、ここで何をしてたの?」
「――ここは俺たちの始まりの場所なんだ」
リクが立っていた場所の前には、星を挟んで向かい合う人の顔が描かれていた。左の男の子から腕が伸びて、右の女の子へ星をプレゼントしている。髪型からソラとカイリに似ていると思った。
「子供の頃は、こんな洞窟でも初めて足を踏み入れるときは冒険だった。そして、大きくなったらもっとすごい本当の冒険をしようって約束したんだ」
「ソラの方はすっかり忘れているかもしれないけどな」リクは自嘲するように笑った。
リクが外の世界を目指すのはソラと約束していたから? すんなり腑に落ちなかった。昨日、彼が話していたことを思い出す。
「昨日のリク、『どうしてこの世界にいるのか知りたい』って言ってたよね」
「ああ」
「リクは、この世界が好きじゃないの?」
「えっ?」
それまで絵を見つめていたリクが、弾かれたようにこちらを見た。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、リク、この世界のカケラじゃ嫌みたいだったから」
「……どうかな」
リクは無表情で黙ってしまった。影のある表情、何か悩みがあるのだろうか。自分が助けになれればいいのだが。先ほどのティーダとのこともあり、ちゃんと思っていることは伝えるべきだと考えた。
「私、リクのこと好き」
「は?」
「ソラもカイリも好き、ティーダたちも。優しくて楽しくて、大好き」
見つめると、リクは照れを噛み潰したような顔をした。
「急にどうしたんだよ」
もどかしい。自分の気持ちを言葉にして相手に伝える難しさを痛感していた。
「私たちが出会ったことに意味とか理由なんかなくていい。一緒にいたいの」
「フィリア、いったい何をそんなに不安がっているんだ?」
「……」
気持ちのままうつむく。普段から、たまにリクが遠くに感じる。いつか忽然と消えてしまうのではないか。そんな言い表せない怖さがあった。
「なんだか、リクに置いてかれちゃいそうな気がして」
すると、リクが微笑んだのが気配でわかった。
「昼間、ちゃんと約束したろ。置き去りになんてしないさ」
「……うん……」
リクの手が頭に乗る。促されるように彼を見上げた。
「だいじょうぶだ。もし離れ離れになったとしても、必ず迎えに行ってやるから」
そのままなでなでされて機嫌がよくなり、それ以上何を言いたかったのか不安ごと忘れてゆく。
「もう平気か?」と訊ねながら、リクがそっと手を離した。
「そろそろ帰ろう。ソラたちが待ってる。明日の出発にソラを寝坊させるわけにはいかないからな」
「うん!」
手を繋いでもらって、すっかり光が薄くなった洞窟から出ようとする。細い道に入る前に、リクが立ち止まって奥の板を振り向いた。
「リク?」
「……フィリア、おまえにはあの扉が見えるか?」
「扉? あそこには板しかないよ?」
「…………それならいいんだ。行こう」
リクが早足で歩き出す。暗くて、リクがどんな顔をしているのかわからなかった。
「あっ、リク。どうして孵るタマゴと孵らないタマゴがあるの?」
「さっきのタマゴのことか?」
「ソラに訊いたら、リクなら知ってるって」
「……ソラのやつ……」
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