湿った洞窟から抜け出して、親鳥よろしく砂浜でタマゴを抱えて待っているフィリアのもとへ戻った。フィリアはタマゴを妙に気に入ったらしく、孵らないかとしきりに様子を確認している。

「ソラ! キノコ見つかった?」
「ああ。これで全部揃ったな。……それで、そのタマゴ、孵りそう?」

 フィリアはタマゴを見つめ「ん〜」と唸り、残念そうに息を吐いた。

「だめみたい。海鳥の赤ちゃん見たかったのにな」
「それは孵らないタマゴなんだな。仕方ないって」
「どうして孵るタマゴと孵らないタマゴがあるの?」
「えーとそれは」

 興味心に溢れキラキラした瞳で尋ねられる。そんなこと聞かれても、自分も教えられるほど生命の詳細な仕組みを知らない。
 う〜んと唸り、こういうとき、困ったときの最終手段を行使した。

「……リクなら知ってるんじゃないかな」
「じゃあ、あとで教えてもらおうっと!」

 ちょっぴり罪悪感を覚えつつも面倒な質問をリクに放りつけて、カイリのところへ。彼女はエクスカリバー号のメインマストに背を預けたまま、針と糸を使い何かを作っていた。

「カイリー。集めてきたぞ」
「ただいま〜!」
「二人とも、おつかれさま」

 食料袋を渡しつつ、気になってますという視線を隠さず手元に向けていると、察したカイリが見せてきた。桃色の貝がらの……なにか。

「サラサ貝のアクセサリーつくってるの。昔の船乗りはみんなサラサ貝を身につけてたから。旅の無事のお守りなんだって」
「ふぅん」

 おまじないとか、お守りとか。女の子ってこういうロマンチックなのが好きだよな。
 ふああ、と大きくノビをする。隣でフィリアが真似をして、カイリがふふっと笑っていた。

「つかれた? もう帰る?」
「ああ。もうこんな時間だしな」
「帰ろう、帰ろう〜」
「そうだね。明日はいよいよ出発だし、今日は早く帰ろ!」





★ ★ ★





 船着場に着くと、まだリクの船が残っていた。

「カイリ、リクの船がまだあるよ」
「ホントだ。姿が見当たらないから、先に帰っちゃったと思ってた」
「リクのことだから、すぐに来るだろ。ここで待ってようぜ」

 ソラがどっかり桟橋に座り夕日を見始める。カイリも同意してその隣に並んだ。
 普段だったら、自分もそれに倣っただろう。けれど、なぜかその時は胸騒ぎがした。責任感が強いリク。もしかして、旅立ちに必要な忘れ物を見つけて、ひとりで準備しているのかもしれない。

「私、リクを探してくるね」
「え? じゃあ、私も一緒に行こうか?」
「ううん、きっとこの辺だもん。ひとりで平気」

 来たばかりの頃、ソラを追いかけていたらはぐれ、密林に迷い込み、島じゅう捜索してもらったことがあるが――さすがに遊び場をうろつくくらいなら、もうひとりでもへっちゃらだ。

「ほんとうに大丈夫かなあ……?」
「いってきまーす」

 心配そうなソラの声を背に受けながら、そこらをフラフラ探し始める。入り江から砂浜にかけて見つからない場所――白布を見つけた場所ならいるだろうか?

「フィリア、ひとりで何してるッスか?」
「ティーダ」

 さっそくハシゴを上ろうとしたら、船乗り場へ向かおうとしていたらしいティーダとバッタリ出会った。びっくりして、思わず両手を握り合わせる。

「もう帰る時間だろ?」
「うん。だからリクを探してるの……」
「リクならさっき、秘密の場所に向かうのを見たッスよ」
「秘密の場所?」

 そんな場所知らない。首を傾げると、ティーダも同じく首を傾けた。

「あれ、知らないッスか? 滝の近くにある、樹の根元の洞窟のことッス」
「ふんふん……わかった!」

 それだけヒントをもらえれば、きっとひとりでも見つけられる。

「ありがとう、ティーダ。ばいばい」

 早速リクを迎えに行かなくちゃ。挨拶してティーダに背をむけたとき「ちょっと待って!」と呼び止められた。

「あ、あのさ、フィリア。最近ずっと、俺のこと怖がってないか?」
「ん? うん、ちょっこっとだけ……」

 正直に答えたら、ティーダの顔色が暗くなってしまった。でも、嘘をつくわけにもいかないし……。

「ちなみに、俺のどこがちょこっと怖いんだ?」
「ええっとね……」

 低い声。怒っているのだろうか。
 これ以上彼を不機嫌にしたくないなと思いながら言葉を探す。

「チャンバラしてるとき、ティーダからビリビリッて気持ちが伝わってくるから、それが怖いの」

 チャンバラでは、誰かが誰かを殴りつける瞬間「倒れろ!」とか「降参しろ!」という攻撃的な気持ちが響いてくる。中でも彼のものはまっすぐで純度が高い、とても鋭利な凶器のようだ。もし自分にその気持ちを向けられたら、目も合わせられないほど震え上がってしまうと思う。
 そう、がんばって霧のような感覚を言葉に固めて伝えたのだが、ティーダはわけがわからんといった顔だった。

「はあ?……えっと、チャンバラが怖いから、俺のことも怖いって意味ッスか?」
「んん……ソラのはもう平気だけど、ティーダのがまだ慣れなくて……」

 「もういいよ」と言いながら、ティーダがガックリ肩を落とす。

「よくわかんないけど……フィリア、チャンバラ苦手だもんな。俺、チャンバラばっかしてるし、嫌われても仕方ないか」
「違うよ!?」

 首をぶんぶん横に振って否定した。怖いと嫌いは別物だ。

「ティーダを嫌いだなんて、一度も思ったことないよ」
「……そっか。それならちょっとだけホッとした」

 はにかんだティーダが、指先で頬をかいた。

「俺、ずっとフィリアに何かしちゃったんじゃないかって思ってたからさ。違っていたのなら良かった」
「ティーダ……」

 その笑顔を見て、胸元にズキッと痛みが走る。こちらの態度のせいで、ずっと気に病ませてしまっていたらしいことを自覚した。

「ティーダ。その、ごめんね。ごめんなさい」
「え?」
「私、ビリビリに早く慣れるから。もう、ティーダにイヤな思いさせないから!」

 無理やりに意気込むと、ティーダは目をくりくりさせた。

「いやいや、なに言ってるッスか。怖いなら無理しなくていいッスよ」
「でも、私、ティーダともちゃんと仲良くなりたい」
「なら、今度は泳ぎを練習するッス」

 ニカッとした笑みに、今度はこちらが目をくりくりさせる番だった。

「今度ワッカとブリッツしようって約束してるんだ。女の子にもできるスポーツだから、フィリアも一緒にやらないか。教えるからさ」

 嬉しくて頬が紅潮するのがわかった。ティーダから遊びに誘ってもらえるのは、チャンバラを始めた時以来だ。

「うん、教えて!」
「約束ッスよ。じゃあ、またな!」

 互いに笑顔で手を振り合う。明日からは外の世界へ行くのでもう少し先の話になるだろうけれど……帰ってきたら、たくさん遊んでもらおう。




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