視界が開けたと思うと、いつか想像した天国のような美しい花畑が広がっていた。
 フィリアはヴェントゥスと共に花畑をぐるりと見回す。残念ながら、誰もいないし気配もなかった。

「テラー!!」

 ヴェントゥスがテラを呼ぶがやはり答える者はいなかった。ヴェントゥスが無言のまま俯いてしまう。

「ヴェン……」

 ヴェントゥスはテラを追いかけている。故に白雪を襲ったキーブレードを持つ男をテラではないかと考えたのは理解できる。
 疑問はなぜテラを追いかけているのかということ。今までテラたちの帰りをあの地で一緒に待っていたのに。

「帰ってこないのさ、もう二度とな」

 仮面の少年の言葉が蘇る。自分もいいつけを破ってまでヴェントゥスを追いかけてきたのだから、今訊ねるべきだと理性が言う。しかし、辛そうなヴェントゥスの表情を見ていると言葉がつかえて出てこなかった。

「……?」

 その時、足にコツリと衝撃があった。赤く丸いもの。瑞々しく真紅に光るリンゴだった。

「綺麗なリンゴ」

 思わず呟くと、ヴェントゥスもリンゴを見る。

「フィリア、それ、どうしたんだ?」
「転がってきたの。いったいどこから」

 もう一度花畑を見渡すと、花畑に馴染んでいない漆黒を発見した。腰を曲げた老婆が黒いローブに身を包み、リンゴを籠に山ほど詰んでいる。あの人の落し物だろう。早速、ヴェントゥスと追いかけた。

「おばあさん、これ落としたよ」

 ヴェントゥスが声をかけると「ん?」と老婆が振り向いて、自分が持っていたリンゴを見てニヤァと笑った。濃い隈に囲まれたぎょろりとした目と、ほとんど欠けてしまっている歯が印象的だ。

「おお、すまないね。これはとっても大事なものなんだよ」
「どうぞ……」

 差し出すと、老婆はリンゴを籠の山の中に加えた。彼女のしわがれた笑い声はとても薄気味悪く、思わずヴェントゥスの左手を掴む。ヴェントゥスは驚いたようだったが、そのまま軽く握りかえしてくれた。

「その武器! 見たことあるわい」
「え?」

 老婆がヴェントゥスのキーブレードに嫌悪を籠めた眼差しを向ける。

「ヴェン。白雪が言っていた“鍵のような剣を持った男”のことかも」
「おばあさん、テラを知っているの?」
「知っているとも。ゼアノートのことを教えろと、私を脅したんじゃよ」

 キーブレードにテラの名前。そしてマスター・ゼアノートの捜索任務。全てがテラを指している……しかしあのテラが人を脅したり襲ったりするなど考えられない。

「テラが誰かを脅すだなんて!」
「おや、お嬢ちゃんは私が嘘をついていると思うのかい?」
「それは……」
「テラはそんなことしないよ。ねぇ、テラはどこにいるの?」

 ヴェントゥスが訊ねると、老婆は「知らないね」と吐き捨てた。

「あぁ、おまえさんも私を脅すのかい?」
「え? 俺はそんなつもりじゃ……」

 老婆はあの嗄れた笑い声をあげながら、逃げるように森の中へ去って行った。黒いローブはすぐに森の闇で見えなくなる。あの先は、白雪たちのいる小屋しかないはずだが。
 繋いでいたヴェントゥスの手の力が強まった。

「テラ、どうしちゃったんだよ……」
「ヴェン?」

 ヴェントゥスは「そんなことしない」と答えつつ、老婆の言葉を信じてしまっているように見えた。いつものヴェントゥスらしくない。――いや、むしろ“それ”がヴェントゥスがテラを追いかけた理由なのだろうか。
 その理由を訊かなければ。でも今はヴェントゥスの悲しい顔を見たくないと思う気持ちのほうが強かった。

「テラはもうこの世界にいないみたい。早く次の世界に探しに行こう!」

 わざと明るめに声を出す。すると、俯いていたヴェントゥスが顔を上げた。

「テラに会えれば、そんなことしてないってハッキリわかるよ。ね?」
「……うん。そうだな」

 ヴェントゥスが頷き鎧を纏う。ヴェントゥスのキーブレードが変形するのを見上げながら自分も鎧を身に纏った。

「行こう」
「うん」

 ヴェントゥスがライドの形になったキーブレードに足を乗せた。鎧でお互いの表情は見えないが、少しでも明るい表情になっていればいいと思う。

「あっ!」
「フィリア、どうしたの?」
「ヴェン、あのね」
「ん?」
「私は、どこに乗ればいいかな?」
「あ。えーと……」

 ヴェントゥスとの旅は、まだまだ始まったばかりだ。





 To be continue... 




執筆:2010.3.3
修正:2010.8.8




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