気温も低く、相変わらず不気味な雰囲気な森の中、フィリアはヴェントゥスに追いつくことができなかった。

「ヴェン! ヴェンってば、待って!」

 全力で走るヴェントゥスの速さには敵わない。何度も転びそうになりながら、近づくどころか離れていくヴェントゥスの背に必死に叫ぶと、やっとヴェントゥスが立ち止まった。

「やっと、追いついたぁ……」
「フィリア……」

 自分にしては無理な速度で走り続けていたので息が苦しい。ヴェントゥスの側まで走り俯き気味の顔を見上げれば、小屋にいたときよりは表情が和らいでいる。少し落ち着いてきたようだ。

「ヴェン、あのね」
「ごめん、フィリア。今はとにかく花畑に急がなきゃ」
「あ、わっ」

 ヴェントゥスに右手を掴まれてそのまま再び走り出す。
 急ぎたい気持ちは自分も同じだがこの速度は辛すぎる。ヴェントゥスに引きずられるように走っていると、突然地面が揺れ上がった。

「うわっ!?」
「きゃあ!」

 あまりの振動に、悲鳴をあげながらヴェントゥスと地面にしりもちをついた。

「なに? 地震……?」
「違う、アンヴァースだ!」

 ヴェントゥスが指す方向を見ると、今までのと比べ物にならない程に巨大な木の姿をしたアンヴァースがいた。木を模しているのにその根は大地に張っておらず、足となって跳ねている。
 アンヴァースは花畑へと続く道の前に着地すると、まるで通せんぼするようにこちらを見た。

「邪魔をするなっ!」

 ヴェントゥスがキーブレードを呼び出し、アンヴァースに怒鳴りながら向かってゆく。

「ヴェン、気をつけて!――炎よっ」

 怒りと焦りでヴェントゥスは冷静さを欠いているように見えた。急いでファイアを放ち、ヴェントゥスを狙っていた根を焼き払う。

「このっ!」

 火に怯んだ隙をついて、ヴェントゥスがアンヴァースを斬りつける。
 枝を数本斬り捨てられ、よろけたアンヴァースの赤い瞳がヴェントゥスを捕らえた。葉の隙間に爆弾のようなものがぽこぽこ姿を現し始める。

「離れて!」

 フィリアの声と同時に、アンヴァースが爆弾を周囲に撒き散らした。
 ヴェントゥスはとっさに退避していたものの、爆発の範囲が広く爆炎が掠ったようだ。急いでヴェントゥスに駆け寄ると左の前腕が赤く腫れてしまっていた。痛々しい火傷に思考が真っ白になってしまう。

「ヴェン、今、ケアルを」
「だめだ、来るよ!」

 暗い視界が更に暗く――影。慌ててその場から退くと、一瞬をおいてアンヴァースが着地してきた。あと少し遅かったら踏み潰されていただろう。地面が震えグラグラ揺れる。

「うあっ……わ!」

 転がるようにアンヴァースの側から離れると、追いかけてくるようにすぐ横の地面に何か落ちてきた。ジュワッと土を溶かすそれは、不気味な紫色の液体で、腐ったような異臭を発する。溶解液――もしこんなものを浴びてしまったら。想像するだけで身の毛がよだつ。
 溶解液に気を取られている間に、ヴェントゥスがアンヴァースを攻撃していた。アンヴァースが少し離れた場所へ移ると、ヴェントゥスが視線だけをこちらに向ける。

「フィリア、立てるか!?」
「だ、だいじょうぶ!」

 ヴェントゥスの足手まといになるわけにはいかない。戦慄く足を叱りつけ、しっかりと地面を踏みしめて立ちあがる。

「俺が斬りこむから、フィリアは魔法を!」
「任せて……!」

 フィリアは体に力をこめ、ヴェントゥスにしっかり頷いた。










 フィリアの足元がミシミシとひび割れる。
 ジャンプしてその場から離れると、アンヴァースの木の根が地面から突き上げてきた。刺ささったら串刺しだ。

――雷よっ」

 攻撃魔法の中で一番得意なサンダーを使ってヴェントゥスを狙った根を弾く。ヴェントゥスがアンヴァースに何度目かの攻撃すると、遂にアンヴァースが身を捩じらせて闇に溶けるように消滅した。

「勝っ、た……!」

 気が抜けるままその場に座りたい衝動に駆られるが、堪えて、キーブレードを握ったままのヴェントゥスの側へ走った。流れる汗を乱暴に拭いながらヴェントゥスがこちらを向いた。

「フィリア、ケガは」
「ヴェン早く、手を出して」
「あ――いてっ!」

 ヴェントゥスの左手を掴み引くと、ヴェントゥスが痛みに小さな悲鳴をあげた。火傷していた腕は先ほどよりも腫れあがり、少し水泡もできている。

――癒しを」

 ケアルの緑色の光がみるみるうちに火傷を癒してゆく。いつもヴェントゥスにケアルをするのは自分の役目だったから、ケアルは魔法の中で一番上手く扱える、気がする。すっかり綺麗に治した後、不具合が残っていないかヴェントゥスに確かめた。

「もう痛くない? 他に怪我は?」
「いや、ないよ。フィリアの方は?」
「私は、ほら、この通り」

 逃げ回ったので服が土で汚れたが、近寄らずに済んだおかげかケアルが必要なほどの傷はない。

「ずいぶん時間がかかったちゃったな。花畑に急ごう!」
「うん」

 花畑に現れたキーブレードを持つ男。本当にテラだったのか……花畑に行けばわかるのだろうか。
 呼吸を整えると、フィリアはヴェントゥスと光射す森の出口へ急いだ。




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