テラと二人きりで修行をした日。普段から強行していた、無謀でがむしゃらな戦法がついに叱られたヴェントゥスは、慰めに休憩時間に昔の話を聞かされた。
 過去を覚えていないから懐かしい≠ェ羨ましいだって? 自ら気にしないなどと言っていたくせに。
 ヴェントゥスにとって、あの世界の者は大切な存在で、守りたい存在。ずっと傍にいたい存在らしい。
 そういうものは、自分にはない。
 大切な存在。マスター・ゼアノートは師であるが、別段、そういう気持ちで成り立っている関係ではない。
 守りたい存在。マスター・ゼアノートは自分に守られる必要がないし、守りたいと思ったこともない。
 では、ずっと傍にいたい存在は? とっさに浮かんだのはフィリアの顔。ヴェントゥスの影響だと思いたかったが、それはそれで屈辱だった。
――よくよく考えると、自らの未来や望みを考えることは初めてだ。
 欲しいものは――ある。眠りの安堵。この激情を収めるもの。煩わしい痛みを拭い去ってくれるもの。飢えを満たしてくれるもの――。しかし、それはいったい何だろう。何を得たらこの苦しみを忘れられる。










 欲するという衝動を自覚してから、己に渦巻く様々な感情を少しずつ理解できるようになってきた。そしてだいたいではあるが、自分から発生する魔物たちがどういう意味をもっているのかも。
 イラつけば耳が長くて地に潜るやつが。嫌だと思えば爪をもったやつが。最近は鳥みたいなやつがよく現れる。こいつはカラスという鳥に似ているから、うっかり外の世界で生み出しても住民に大して驚かれやしない。マニーや貴金属を世界の住人から好き勝手に奪い取っては、自分の元へ持ち帰ってくる。こんなものを手に入れてもなんの足しにもなりやしないし、そもそも望んでなどいないのにもかかわらずに、せっせと運ぶのをやめようとしない。
 今も、渡された緑の宝石をぼんやりと眺めていると、陽光にチカッと輝いた。似てるが、違う。本物はもっと柔らかい感じで、暖かさがあって――

「……」

 またあの女のことを考えていることに気づき、宝石を投げ捨てる。忌々しいと思っていると魔物が生まれ、捨てたはずの宝石をまた拾いあげた。
 









「闇は誰の心にも必ず潜んでいる」

 大広間でテラと向き合いながらエラクゥスが言う。ヴェントゥスと他の二人は壁際に整列していた。

「闇は、悪だ」

 切り捨てるような言い方に、全員が息すら潜めて耳を傾ける。

「世界に闇は不要――闇を滅ぼせ」
「しかし、マスター。心に必ず闇があるのならば、いったいどうすればよいのですか?」

 テラが訊ねる。
 互いがキーブレードを相手に向けた。不安の影を宿すテラのキーブレードに対し、エラクゥスのキーブレードに迷いによるブレはない。

「闇に甘えてはならぬ。心の奥底に闇を閉じ込めるのだ」
「……はいっ!」

 走り出し、模擬戦さながらの訓練が始まった。二人の戦いからできる限りのことを吸収しようと、ヴェントゥスが目を凝らす。

「……闇は悪――か」

 何度も考えたことがある。ヴェントゥスと、その周りの奴ら。もし彼らと自分が出会ったら、どういう反応をされるのかという想像だ。
 闇を滅ぼす使命を背負った光のキーブレード使いさまたちだ。きっと、戦うことになる。そして、自分もそれに応じるだろう。
 ならば、キーブレード使いでないフィリアは?
 それもまた、面白いものではないだろう。あの女は光側に属している。本人に使命が与えられていなくても、光のやつらの加護を受け、また支援しようと生きている。あいつだって、闇は敵だと――憎むべきものなのだと思い込んでいる。

「くだらない」

 だからこんな気持ちなど――淡い期待など、早く、早く全部忘れてしまえ。




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